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OmerのCounting。
 Omerとは第2神殿が破壊される前に行われていたお供え物の儀式で、約2キロの大麦をPassoverの翌々日から49日間毎日供えていたのである。

勿論神殿がなくなってからはこの儀式が行われることはなくなってしまったが、この儀式をあたかも神殿があった時のようにVirtualに行っているということを忘れないためにPassoverの第1日目の翌日からOmerのCounting、すなわち1日目、2日目、3日目、4日目、5日目と49日間数えるのである。これがOmerのCountingと言う。

そこで今日は第何日目という風に唱えるのであるが、大抵のJewishは現代生活に忙しく、今日は何日目であったということがつい数えられなくなってしまう。当たり前である。Passoverから数えて今日が何日目かということはComputerでもない限りは簡単に数えられない。

そこでOmerのCountingの為のCalendarが別に作られていて、西洋暦のCalendarに合わせて「今年の何月何日はOmerの第何日目である」という表示がされている。Jewishは皆これを持ち歩いていて、それに従って49日間を数えるのである。これを1日数えれば善行を1回行なったと見做されるので数えるのを忘れたら大変なことになる。

さてここSwedenではPassoverの2日目の祈りは夜の8時から始まる。そして祈りが終わると9時、ちょうど夏時間で陽がとっぷりと暮れた直後という感じである。

実はこの49日のOmerの期間というのは実に不可思議な符合を有している。

一つは、その49日は7×7であるが、7というのは神が宇宙を創られ、7日目にお休みになったその「7」である。その7倍が49となるのであるが、実はEgyptを脱出してから49日間砂漠を彷徨い、50日目にJewishはMosesを通じてMt. Sinaiで十戒とTorahを受け取るのである。数えてちょうど50日目になる。

さらに面白いことに、このPassoverの翌日から数えて49日間というのは、実は大麦を収穫するのがPassoverであるが、それからちょうど49日目に今度は小麦の収穫期を迎えるのである。49日経った翌日に小麦の収穫期を迎えるのである。その小麦の収穫の祭りをShavuothと言うのである。

このようにJudaismは7を基準にして色々な物事が決まっているのである。7×7=49+1、6+1=7。
| - | 01:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
「新文化」(出版関係者が読む業界紙)で紹介されました。
 2012年5月11日発売の「新文化」という出版関係者が読む業界紙に掲載されました。

| - | 01:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
「Photos from homeless in New York」に対する読者からのコメント
石角先生殿
いつもお世話になっております。
私は今×××におります。Samsung, LGのことがSONY, Panasonic、SHARPとよく比較され話題になり韓国は景気が順調なように思われているようです。しかしながら、上記2社を含む一部の大企業以外は急速に業績が悪化していて景気が冷え込んできているようです。特に、中小企業は大変だと会った経営者は皆言っています。
私の業界である×××とmeetingしましたが、2ヶ月前から中国向け輸出が激減して
いて減産を余儀無くされています。中国の経済指標は減速傾向ですが、実態はもっと
悪い様な感じがします。×××の×××はon season なので例年ですと相場が高騰し
てい
くのですが今年はジリジリと下がっています。
韓国も今年大統領選がありますが、金持ち優遇の現政権に不満がたまっているようで政権交代が必要だと言っている人が圧倒的に多い(私が会った人達の中で)です。
先日、×××の取引先の経営者との話で、中国には本当にお金がない、売掛回収に苦労していると言っていました。商売の対象とできるマーケットは飽和状態になってしまったので、中国からインドにシフトしていると言っておりました。
先生のレポートにありますように実は本当にWall Street とSilicon Valley 以外は景気のいいところはないのかもしれません。
私は今年後半、来年にかけて大変なことになってくるんじゃないかと思います。
××××××
| - | 01:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
Synagogueの朝の祈り
 今日2012年5月10日はNew YorkのSynagogueの朝の祈りに参加した。午前7時から午前8時までである。そして翌日の2012年5月11日も朝の祈りに参加した。これも午前7時から始まる。

朝の祈りに参加するJewishはSynagogue全体のJewishの数から言うとやはり1%ぐらいであろうか。非常に熱心なJewishのみが朝の祈りに参加している。私もその一人だ。

そして私が見たところNew YorkのJewishは医者や大学教授や弁護士やBankerが多いから、急いで仕事に駆けつけて行くようだ。医者の場合には朝8時ぐらいから手術室に入るからである。
| - | 00:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
「日本人は人種差別主義者と思われているのか?」に対する読者からのコメント
 アメリカでは堂々と人種偏見を論議します。影でもやりますが。人種偏見のことを話すのは日常的なこと。×××もマイノリティが50%を越えました。
アメリカ全体の人口形成もどんどん変化中。人種偏見で物事を判断している状況ではありません。論議はしても法律で守られているので偏見を表わす行為をするとたいへんなことになります。×××大統領が正式に在米日系人を戦時中Interment Campに入れた差別に対して謝罪し謝罪金を出したその勇気、正式に偏見したことを認めたことは勇気あることだと思います。日本人は人種偏見だけでなく、年令差別、男女差別、職業偏見などあらゆる偏見の宝庫といえるのではないでしょうか。
| - | 01:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
Jewishの女は議論好き
 今日2012年5月13日の日曜日は、New Yorkの私がいつも行くSynagogueの夜の勉強会に参加した。

とにかくJewishは勉強好き、議論好きである。SynagogueではSwedenでもLondonでもParisでも、Singapore、上海、色々なSynagogueに顔を出すが、ここNew Yorkでもしょっちゅう勉強会をやっている。宗教的な儀式は男が中心だが、勉強会は女性が中心となる。

とにかくJewishの女性は徹底した討論好きというか、非常に攻撃的な議論を展開する女性ばかりである。男がはじき飛ばされている。

今日のNew Yorkの日曜日の夜の勉強会もPresenterがColumbia大学のある教授、無論Jewish、女性。そして参加者20名近くのうち17名が女性、男は私とあと2人の信者で、その2人は医者であった。女性の大半は察するところNew Yorkにある色々な大学のProfessor達であろうか。

この日の夜のSynagogueの勉強会の議論は遺伝子工学とJudaismの食事戒律について、特に遺伝子操作とKosher戒律について、ということであった。

日本人に少し分かり易く説明すると、我々Jewishは口にしてはいけないものがHebrew > Bibleで厳格に定められている。例えば日本人に分かり易く言うと、豚は一切食べてはいけない。また逆に言うと、食べて良いものは動物の肉では一定の飼育と屠殺方法により処理された牛肉などのみに限定されている。

そこで、この日の夜の勉強会で議論されたのは、遺伝子操作で豚の遺伝子を使って作られた、例えば大豆やその他の穀類は我々Jewishが口にして良いKosherかどうか、ということである。

まず議論の前提として、「豚の遺伝子DNAの配列は豚そのものであるか」という議論が為された。そして、これにはColumbia大学で遺伝子工学を専攻している教授が議論の中心に立ってLeadしたが、他の者も負けてはいなかった。「そういう遺伝子工学の科学的な議論よりもHebrew Bibleではどう考えるかという議論をすべき」という反論がアチコチの女性の口から出た。

結局は豚の遺伝子配列はそれ遺伝子工学で分断された場合には豚なのか、という議論に行き着いた。DNAの配列が分断された場合にはもはや豚と言えないのか、それとも豚なのか、豚の遺伝子から取ったDNAは豚なのか、という議論である。

そして次に、その遺伝子を埋め込んで作られた大豆は果たして豚なのか、それとも大豆なのか、という議論が為された。結局、遺伝子を埋め込むということにより大豆の遺伝子配列がどう変わるのかという科学的な議論になってきた。それと宗教上の戒律である「豚は食べてはいけない」ということとの果たして境界線をどこに引くのか、という議論である。

あまりにも議論が白熱して、ある女性の意見ともう一人の反対意見の女性とが激論をしていたが、ある医者の男性が手を挙げて「そういう議論よりも結局は、例えば心臓の膜の手術の時に豚の弁膜を使うことがあるが、それは豚を食べることになるのかという議論と同じ根っこではないのか。」という発言があり、結局は遺伝子議論よりも「そういう大豆はそもそも神が大豆と豚とを区別して、この地球上に創られた意図に反するのではないか。」という意見が別の女性から出されて、遺伝子操作による食物がそもそも神のご意思に反するのではないか、というところで議論は打ち切りとなった。そして全員が夜の祈りに場所を変えて移って行ったのである。

この夜の勉強会は通常18時30分から19時30分まで行なわれ、19時30分から夜の祈りが約1時間半行なわれる。
| - | 00:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
Go farther, stay longer and look deeper 遠くへ行け、そして長く留まれ。深いと ころまで目を凝らせ。
 今日ManhattanのHarvard Club(Harvardの卒業生だけがMemberになれるClub)である世界的なBankerに会った。

彼が言うには、「日本には活力がないでしょう。日本のOperationが別に儲かっていないわけではないけれども、他にもっと儲かる国があるので日本はOperationをClosureの方向だ。」ということ。

IsraelのJewish、世界に散らばったJewishを表す標語。「遠くへ行け、そして長く留まれ。深いところまで目を凝らせ。」

一方、日本人を表す標語。「近くで良い。早く帰って来い。浅いところしか見ない方が良い。」

世界の全ての人が使っているPCにはIntelのCPU chipが入っている。そのIntelのCPU chipのDesign、企画、設計をしたのはIsraelに居るJewish技術者達だ。

IntelがIsraelのHaifaに設計Centerを持っている (see my blog dated 7/14/2011(「Intelちゃん どこに行った?」)。そこはJewish科学者の頭脳集団だ。そこでCentrinoやCore Duoが全て開発、設計、Designされた。

何故IntelがJewishにそのCPUの設計を任せているのか。そして何故Intelが世界のPCのCPUの全てを独占しているのか。そして何故DRAMの日本のElpidaが倒産したのか。
何故Sonyが倒産しかかっているのか。

そこをしっかりと見据えていかなければ日本は産業国家としての立国はもはやお先真っ暗だろう。

Jewishは世界80ヶ国の国籍を有する世界のあちこちに散らばった人々の宗教で一致結束した集団だ。一方、日本人は日本国籍を有する日本列島に住んでいる者の衆合だ。

だから何だと言うんだと日本人は反論する。

この違いがIntelが、あるいはSilicon Valleyの多くの世界的IT企業がIsraelに頭脳Centerを置いている理由だろうと Ishizumi Kanjiは考える。

この違いがWorld CompetitivenessとEntrepreneurshipにどう違う影響を与えるか、通産官僚が分からなければ、君達はもはや頭脳集団とは言えまい。

そう言えば、Facebookの創業者もGoogleの創業者もJewishだ。一人はRussianもぺらぺらだ。
| - | 01:01 | comments(2) | trackbacks(0) |
Photos from homeless in New York
 今仕事の関係でNew Yorkに移って来たが、New Yorkは景気が良いのか悪いのか全く分からない。先週、America最大の法律事務所の一つも破綻した。
 
Wall Streetに行くと高給取りで溢れていて結構高いWineを飲んでいる連中を見た。ところがこの写真のように、その側で「I am homeless」と段ボール箱の端切れに書いた人間があちこちに見られた。
 
要するにこういうことだ。金融関係以外の人間の景気は悪化しているということ。おっと忘れていた。そしてSilicon Valleyの関係の人間は世界中で最も景気が良いところだ。
 
<結論>
Silicon ValleyかWall Streetか、この2つしか世界では景気の良いところはない。それ以外はこの「ZELES」の前に座っているHomelessの青年がそれ以外の世界を象徴している。
 
日本もそれ以外の世界か? Elpidaの次はSonyか?
 
EuropeもFranceに社会主義政権が誕生した。それは民衆の不満を表している。


| - | 00:58 | comments(0) | trackbacks(0) |
何故Shabbatの始まりに2本の蝋燭に光を灯すのか。
 For Shabbath or Shabbat, see my blog of

実はこれには非常に深い意味がある。2本の蝋燭は神が創られた人間と神の存在
Divine Presenceを表すという考え方がある。

もう一つの考え方はShabbatそのものを忘れないという十戒の教え、Rememberingとそれを守るObservanceという2つのJewishの義務を表すという考え方もある。

もう一つは男と女、Hebrew語で言うイシュとイシャを表すという考え方がある。

これはRabbi Akiba(紀元1世紀末から2世紀にかけて活躍した有名なHebrew学者)が唱えている説で、Hebrew語でイシュとイシャには共通する発音が含まれており、それは火Fireという言葉である。そのHebrew語のFireという言葉こそShabbatの日に蝋燭に火を灯し、男と女を象徴するという考え方である。

このHebrew語のイシャとイシュにはもう一つHebrew語の音がくっ付いており、その音を2つ合わせると神のある名前になるのである。

もう一つの考えは、家庭の夫と妻を表すという考え方である。家庭の中での平和、夫と妻の仲の良きことをShabbatは祝うという考え方である。この考え方に繋がるのが、Shabbatそのものが花嫁に例えられるという多くのHebrew学者の考え方である。
Shabbatを迎えるLekha Dodi という祈りは花嫁を迎える歌の文句である。

Shabbatの日に花嫁を迎えるように自分の妻をもう一度週に一度愛しく思う。そうすることが夫婦の平和に繋がり、それがひいては社会の平和に繋がるというJewishの考え方を象徴している。

もう一つはCosmosとEthosを表すというHebrew学者の考え方がある。

Cosmosとはこの現状、すなわち「The world -- what it is」とEthos、すなわち「The world -- what ought to be」現実の世界とあるべき世界を表すと言うのである。

Christian達は神がこの世界を創られたと考えるところはJudaismと同じであるが、人間には自由意志が与えられており、その自由意志が導く理性は神が考えても人間が考えても同じものであるとChristianは主張する。つまり、理性の最たるものであるScienceや数学は人間が考えても神が考えても同じものに行き着くというのである。

このChristianの考えにJudaismは与しない。神はこの世の中を2つの公理で担保しておられる。一つの公理はScienceの法則である。もう一つの公理はMoralの法則である。

実はこの人間の理性は神と共通するという考え方は、西洋の啓蒙思想の考え方であるが、Judaismではこの考え方に全く賛成しない。

人間の理性は神全体が宇宙の法則とされるもののごくごく一部、部分にしか過ぎず、例えば人間は未だに宇宙がどう出来たかを知ることも出来ていないし、ましてや何故宇宙が出来たのかという問題も解明していない。未だに人間は同じく神が創られた微生物であるVirusとの闘いに勝利したどころか、明け暮れているわけであり、到底神の知性の部分、理性の部分を人間が共用するということが如何に不可能であるかということをこのことが示していると言えよう。

Hebrew Bibleにあるように、神は宇宙を創造されてこれで良しとされたということは、そこに宇宙の法則を与えられ、その法則が適用されている状態を神は良しとされたのであり、その法則を解明することは人間では出来ないのである。むしろ逆に、人間は人間社会そのものに神が求めておられるMoralを解明することに努力を傾注するべきなのである。

それこそがEthosであり、「The world that ought to be」である。このことこそShabbatの日で思い出されるべきことである。Shabbatは「The world that what it is」と「The world ought to be」の 2つを想い出させる為にCandleが2つ点灯されるというのがRabbi Akibaの考え方である。

Jewishでありauthor/writerであるIshizumi Kanjiはこの考え方に与する。

| - | 18:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
魂の安らぎとAmidahの祈り
 Shabbatの午後の祈り Minchaの最初に出て来る祈りがPsalm 84である。

このPsalm 84というのは非常にその内容が日本人にとって耳の痛い祈りであるので紹介しておこう。Psalm 84はざっと大まかに言うと魂の休養ということを祈るのである。

小鳥にも巣があり、動物にも祠がある。小鳥も動物も巣や祠で身体を休める。人間には家があり人間には寝床がある。人間の身体は家で、寝床で安らぎを得る。ならば人間の魂はどこで安らぎを得るのか。人の魂は神のもとで安らぎを得るのである。

ざっと大まかに言うと、このような祈りでPsalm 84は始まるのであるが、Judaismでは人とは肉体と精神、身体と魂で出来ていると昔から考えている。

そして、身体の休養、健全性の維持がなければ精神すなわち魂の健全性も維持できないと考え、逆に一方魂・精神の健全性は肉体が健全でなければ維持出来ないと考える。

Judaismでは身体の健全性、健康維持にはことのほか戒律が厳しく、その戒律さえ守っていれば身体の健全性は維持できる。戒律とは規則正しい生活を強いる1日3回の祈り、そして身体に悪いものを取らない厳しい食事戒律(あれは食べてはいけない、これは食べてはいけない、調理方法はどうするか、等々細かい規則がいっぱいある。)、そして精神・魂の維持のために設けられている戒律がShabbatすなわち安息日である。

そして1日の中で3回繰り返される祈り、その祈りの中でも特にAmidahの祈りである。ShabbatとAmidah、これがJewishの精神及び魂の健全性を維持する2つのKeywordである。

身体が病気になっていたのでは精神も穏やかではおれない。例えば高熱でうなっていると精神も引き裂かれて病んで来る。身体がCancerに冒されると精神もそのことでヘトヘトになって行く。従って身体が健康であることは魂と精神が健康であることの前提条件となる。

一方、魂・精神が病んでいると身体にも変調をきたす。では精神・魂をどうやって休めるのか。いつも張りつめていたのではどこかでプッツンと切れてしまう。その精神・魂を休める方法がこのPsalm 84に書かれている。神の下で休むのである。

Jewishにとって神の下で休むということは、Shabbatの安息日には一日中Synagogueに行き祈りを捧げる。無論Synagogueではe-mailやPCを開くことは出来ない。仕事の話なども全く出来ない。祈りを捧げるのみである。こうやって仕事のStressから解放される。

そしてその祈りの中でAmidahの祈りというものがあり、このAmidahは最も精神を集中させ、立って黙読する祈りなのである。

この時は全員がJerusalemの方向に向かい起立をし、精神を集中させ、祈りを捧げるのである。無言で捧げる。この時に最も我々Jewishは魂の安らぎを覚えるのである。

翻って日本人はどのようにして魂の安らぎを得ているのか。酒と煙草、居酒屋、カラオケ。日本人の酒、煙草カラオケ、そしてたまに行くGolfやPro野球観戦がJewishにとってはそっくりそのまま安息日及びAmidahの祈りに置き換わっている。

日本では先進国の中で自殺率が飛び抜けて高く、地下鉄や電車が遅れるのは全てこの飛び込み自殺のせいであると言っても過言ではない。魂が病んだ人が多いのではなかろうか。

魂の安らぎをどうやって得るのか。酒と煙草、カラオケではどうも無理のような気がする。
| - | 00:17 | comments(0) | trackbacks(0) |