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Kanji Isaac Ishizumi
 
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<< 最近私はある所でアメリカのボーディング・スクール教育についての講演をした。その中で出された質問が興味深い質問であったので、ここでご紹介したい。 | main | 激減する東京のユダヤ人 >>

    Comments from a Rabbi in Jerusalem
    ジェルサレムのラバイからのコメント

  1. Introduction to Judaism
    ユダヤ教の初歩の初歩
  2. Difference between Judaism and other religions
    ユダヤ教と他宗教の違い
  3. Who Jews are?
    ユダヤ人とは?
  4. Jewish Religious Calendars and Annual Events : Jewish Ceremonies
    ユダヤ教の宗教カレンダーと年中行事・ユダヤ人の人生儀式
  5. Jewish Prayer
    ユダヤ教の祈り
  6. Kashrut
    ユダヤ教の食事戒律
  7. Jewish Laws (except Kashrut)
    ユダヤ教の戒律(食事戒律以外)
  8. What is the prohibition of idol worship that is the essence of Judaism?
    ユダヤ教の真髄である偶像崇拝の禁止とは
  9. Judaism and Circumcision
    ユダヤ教と割礼
  10. Judaism and Tzedakah (To help the poor)
    ユダヤ教とツェダカ(貧者救済)
  11. Concept of G-d in Judaism (Relationship between Jewish and G-d)
    ユダヤ教に於ける神の概念(ユダヤ人と神との関係)
  12. Interpreting Hebrew Bible by Kanji Isaac Ishizumi
    石角完爾が読み解く“おもろい”Hebrew Bible
  13. Jewish Daily Life, especialy Shabbat day
    ユダヤ人の日常生活 … 特に安息日について
  14. Jewish in the various cities and countries
    世界各地のユダヤ人
  15. Jewish Wisdom of  5000 years
    ユダヤ5000年の生活の知恵
  16. Judaism and Education
    ユダヤ教と科学・教育
  17. Judaism and Moral Law
    ユダヤ教と道徳・法
  18. Judaism and Medical Science
    ユダヤ教と医学
  19. Judaism and Money
    ユダヤ教とMoney
  20. Relationship between Men and Women in Judaism
    ユダヤ教と男女の関係
  21. Relationship between Human and Animal in Judaism
    ユダヤ教に於ける動物と人の関係
  22. Anti-Semitism
    反ユダヤ主義について
  23. Compariative study of Jewish and Japanese
    ユダヤ・日本 比較論
  24. Jewish view on Japanese Business and Business Culture 
    ユダヤ人から見た日本企業と日本の企業文化
  25. Jewish view on Japanese Education
    ユダヤ人から見た日本の教育の問題点
  26. Why and How Kanji Isaac Ishizumi converted to Judaism?
    何故、どのようにして(Why & How)石角完爾はユダヤ教徒になったか?
  27. Publication of Kanji Isaac Ishizumi
    石角完爾出版物紹介
  28. Comments from Blog readers
    ブログの読者からの反応
  29. Others
    その他
経営文化フォーラム講演 〜 日本人の知らないユダヤ人 〜
 司会:皆様こんばんは。ただ今より経営文化フォーラム7月例会を始めさせて頂きます。私、本日司会並びにコーディネーターを務めさせて頂きます金子ケイコと申します。どうぞ最後までよろしくお願いします。さて、本日はキタ世話人代表のご紹介で、ユダヤ民族の奥深い知的体験を研究され、ユダヤ教に改宗なさいました国際弁護士の石角完爾先生をお迎えしております。そして、あちらに石角先生のお母様と奥様。石角先生は1947年生まれ。京都大学法学部を首席で卒業なさいまして、在学中に国家公務員上級試験に合格、また司法試験に合格。通産省を経てHarvard大学、Pennsylvania大学のLaw Schoolを卒業なさいました。米国の証券取引委員会、ニューヨークの法律事務所Shearman & Sterlingを経て1981年に千代田国際経営法律事務所を開設なさいました。国際弁護士でもあり、弁護士であられると同時に米国認定教育コンサルタントでもあります。2002年にアメリカの教育コンサルタントの公認資格を取得して、ボーディング・スクールの留学生も紹介なさっております。また、ご著書として「日本人の知らないユダヤ人」など多数ございます。本日は「日本人の知らないユダヤ人、歴史、家庭教育、知的分野の貢献」をテーマにして語って頂きます。それでは石角先生、どうぞよろしくお願い致します。

ご紹介に預かりましたユダヤ人の石角完爾です。(笑い)そういう風に言いますと、皆さんは「お前、日本人とちゃうか。」と。確かに私の両親は、そこに母親も来ていますし、父親は亡くなっていますけれども二人とも日本人なんです。だけれども、私は正真正銘のユダヤ人ですので、その辺のことについては今日のお話の中でゆっくりと「何故私がユダヤ人なのか」ということをお話したいと思っております。

私がユダヤ教に改宗して、どこから話を聞きつけたのか、小学館という出版社が「改宗のプロセスについては歴史的な意味があるから本に書け」というので書いたのが「日本人の知らないユダヤ人」です。

ユダヤには天才が多いという話がどこかで色んなことを言われていますけれども、そういうことについて書いてくれと言われたので朝日新聞から「天才頭脳のつくり方」という本を出しました。

それとユダヤの教育についても書いてくれということでPHPから「真のエリートをはぐくむ教育力」という本を出しました。

一番最近はユダヤと言えば、やっぱりお金だろう、金儲けがうまいのはユダヤ民族の一番の長所じゃないかということで、もう一つ本を書いてくれと言われましたので、これは一番日本で金儲けのうまいソフトバンクの孫さんから言われましてソフトバンクから「お金とユダヤ」という本を書きました。

今日は出来るだけ食後ということもありますから、話を面白くするためにジョークからまず始めたいと思います。そのジョークを理解して頂くために、これだけの単語はどうしても覚えてもらわなければいけない。これを覚えてもらわないと私の話の中でこの4つの単語がいっぱい出てきますので。

シナゴーグ。これはユダヤ教の教会のことです。我々はシナゴーグと言ったり、テンプルと言ったりしますから、これを覚えておいて下さい。教会とは決して言わないです。

それから、ラビとかラバイというのは、これはユダヤ教の牧師さんみたいな人です。でもそれを牧師さんだとか神父さんとは我々は決して言わない。ラビとかラバイと言っています。

トーラ。このトーラというのは、実はモーゼ五書といって、我々の最も聖なる書物なのです。日本とかヨーロッパではこれを旧約聖書と呼んでいるようですが、あれは全然間違いで、ヘブライ聖書と言ったりトーラと言ったりするんです。

タルムードというのは、これはヘブライ聖書の注解書なのです。ヘブライ聖書が書かれてから何千年経っているか分かりませんが、それの膨大な注解がこのラビ達によって作られてきたのです。これが全32巻、250万語という膨大な注解書があるのです。これがタルムードと言うのです。これだけの単語は是非覚えておいて頂きたいと思います。

「世界ビジネスジョーク集」という本を書かれた大場智満さん、この人は東京生まれで暁星小学校でフランス語を、旧制第一高校でドイツ語を、ローマの日本大使館でイタリア語を学び、各国のジョーク集を読みこなす。大蔵省国際金融局長、財務官として国際的に活躍して、現在はJCIS、これは正式な名称は国際金融情報センターということですが、Jewish Joke Centerとかいうギャグらしいのですが、その人の本のはしがきに
「ユダヤ・ジョーク集にすぐれたものが多いのは、これはユダヤ人が長い年月しいたげられた生活を送りながらも英知を失わなかったからであろう。アインシュタイン博士やフロイト博士も、ジョークの達人であった。」
という風に書かれています。実はユダヤ人が作ったジョークは結構多くて、一番有名なものをご存知ですか?
「ユダヤ人の鼻はなぜ大きいか? それは空気がタダだから。」(笑い)
これ、実はユダヤ人が作っているんです。しいたげられた生活の中で自分達を笑い飛ばそうと。もう一つ、面白い話があります。このラビというユダヤ教の牧師さんを笑い飛ばしたジョークがあります。ラビは信仰の対象ではないからジョークのネタにされる。このジョークもユダヤ人が作った。

 ある国に王様がいらっしゃいました。その王様が「是非ユダヤ教のトーラ及びタルムードの勉強をしたいので教えてくれ。」という風にラビに頼みに来たわけです。ラビは簡単には教えてはくれません。私も「教えてくれ」と言っても簡単には教えてくれなかったのですが、王様の熱意に負けて教えることにしました。王様ですから「俺の城に来てくれ。」ということで、何度も何度もラビは王様の所に行きましてトーラとタルムードを王様に教えたのです。3年ぐらい経って王様が、「ちょっと頼みを聞いてくれんか。実はワシはお前のシナゴーグで、ラビさん、貴方の代わりにユダヤ教の信者達に説法をちょっとたれてみたいのだけど、いいか?」と。ラビが「まあ、そこまで王様がおっしゃるなら良いでしょう。」ということで、説法を事前に教えて、それでいよいよ王様がラビの居るシナゴーグに説法をたれに行ったのです。それで話をし出したら途中でふっと次に何を言うのか忘れてしまった。そこで王様は自分のお城にとって帰って来たのです。ラビにその続きを聞こうと思ってとって帰って来た訳です。そしたら何と寝室でラビとお妃が何か怪しくモゾモゾと毛布の中でやっているではありませんか。それでお城の城主が「何をやってんだ、ラビ!」と言ったら、ラビは毛布をパッとめくって「いやいや、王様、王様が私のシナゴーグで私の代わりに説法をたれておられるのだから、私は王様の寝室で王様の代わりをしているだけです。」と。(笑い)ユダヤ人の屁理屈好きを笑い飛ばしたジョークです。

これもユダヤ人が書いたジョークです。普通はこういうことを、例えばカトリックの信者達が神父さんのことについて、こういうジョークを書いたりしない、言ったりもしない。もっと面白いジョークがあります。カトリックの神父がお布施を教会の為に使うお金と自分の為に使うお金とにどういう風に分けるか? カトリックの神父は、こういう風にしてパッとお金を投げて、線を引っ張った向こうに飛んでいったものだけ教会の方に寄附されたものとして、それ以外は自分の飲み食いに使うんだと。ユダヤ教のラビはどうしたか? 天上に向かって投げて、「神様は天にいらっしゃるから、必要なものをお取りになった、落ちてきたものは全部俺のものだ。」(笑い)

こういう風にユダヤには非常にジョークが多いのです。それは差別されて来た民族の苦しみをジョークで笑い飛ばそうという英知なのです。では笑いばかりかと言うと実はそうではない。

こういう風に1969年にニューズウィークが「世界に偉大な影響を与えた10人の偉大な思想家達」というアンケート調査をやったらザーッと出て来たわけですが、イエス、アインシュタイン、フロイト、パウロ、マルクス、聖母マリア、スピノザ、トロツキー、モーゼ、これは全部ユダヤ人です。だからジョークばかり言っている訳ではなさそうだということですね。アメリカの現代のIT産業、デルだとかオラクルだとかインテルだとかマイクロソフト、メーシーとか百貨店も全部そうですね。化粧品業界のエステー・ローダーだとかレブロンだとか、ファッション業界のラルフ・ローレン、ダナ・キャラン、これも全部ユダヤ人が創業している。ハリウッドは全部ユダヤ人が創業した。ジョークばかり言っている割にはビジネスの方もしっかりやっている。

この秘密は一体どういうところにあるのかということを、今日はお話したいと思います。

ユダヤ教とはどんな宗教だろう? これを一番端的に説明するのが、この京都のお婆さんの話です。この京都の80歳をとっくに過ぎた日本人のお婆さんが、「ユダヤ教ってどんな宗教や?」と私に聞いてきたわけです。そのお婆さんは「お不動さん」と「弁天さん」の熱烈な信者で、真言宗の教徒でもある、典型的な日本人の神仏同時信仰者です。この私とそのお婆さんとのやり取りはユダヤ教を一言で説明するのに非常に面白いので再現してみましょう。

「ユダヤ教は誰を拝むのや? キリストはんか?」
「キリストを拝むのはキリスト教やないか。ユダヤ教とは違うよ。」
「ほな、ユダヤ教は何を拝むのや。」
「何も拝まんよ。」
(いわゆる偶像というのは一切ありません。我々には。)
「仏さんのお姿みたいなものは、仏像はないんか?」
「何もないよ。」
「へぇ〜。変わってんな。ほな、あんた、毎朝早くと毎週水曜日の夜と土曜日の午前中に出かけて行くのは何しに行ってんの?」
(毎朝と水曜日と土曜日私は半日シナゴーグに行きます。世界のほとんどのユダヤ人も熱心な人はシナゴーグに行きます。)
「本をみんなで読んでるんや。お経もあげる。そして講義もある。」
(本というのは先ほど言いましたトーラです。)
「へぇ〜。勉強しに行ってんのか。勉強だけしてればええんか?」
「いや。食べてはいけないものを食べないことと、週1回は仕事も勉強もせんこと。それぐらいやな。」
「え〜。変わってんな。それ宗教とちゃうな。」

実は、1.勉強すること、2.食事戒律を守ること、そして、3.週1回の安息日を守ること、この3つがユダヤ教のエッセンスなのです。この順番で実は最も神聖な宗教行為と言われているのです。勉強が一番神聖な宗教行為。 食事戒律。食べていけないもの、食べないもの。そして安息日を守ること。これ以上にユダヤ教を端的に説明するものはありません。この1、2、3です。勉強すること、食事戒律を守ること、安息日を守ること、これは全てユダヤの子供の為の健全な成長の為にある。だからユダヤ教は「子育て教」なのです。子供の「体」に悪いものを食べさせない。それで健康な体に育ち、勉強をして立派になり、子供の精神、つまり子供の「魂」の健やかな発育の為に安息日は休むのだ。安息日は何かということはまた後でご説明します。大人になってからも、この1、2、3を守り、幸せな一生を長く送れるようにする。それがユダヤ教なのです。ですから、日本人が普通に考える天国があって地獄があって、信仰を深めて、仏様に手を合わせて極楽浄土に行くという宗教とは、根本的に違います。あくまでも現世を重視する宗教なのです。

 ここにユダヤの有名な母鳥の話というのがあります。いかにユダヤが教育、勉強を重視しているのかという。

ある時母鳥が、もの凄い暴風雨が巣を襲ってきた。その巣の中に二匹のヒナ鳥がいた。母鳥はこのヒナ鳥を助けなければいけないので、対岸にヒナ鳥をくわえて行こうとした。対岸に行けば嵐はない。一匹目のヒナ鳥はお母さんに向かって「お母さん、早く対岸に連れて行って下さい。そうしてくれれば私は食べ物の好き嫌いを言ったり、駄々をこねたりしないし、お母さんの言うことは何でもききます。」母鳥はそのヒナ鳥を口にくわえて対岸に渡るその途中の海に、真上でその子供をバッと海水に落とすのです。母親は2匹目のヒナ鳥を連れて行って、そして飛びながら子供に母鳥は聞くのです。「貴方を私が対岸に連れて行ったら何か私に対して約束をしてくれるか?」そのヒナ鳥が言ったのです。「お母さん、私はお母さんが私に教育してくれたのと同じことを私の子供にします。」と言ったら、そのヒナ鳥だけを母親は対岸に無事届けた。

これはどういう小話かというとユダヤでは家庭教育が一番重要だということです。家庭教育を代々伝えていくことがユダヤの一番重要な戒律だということを物語風に言っている有名なユダヤの小話です。ユダヤ人の家庭教育というのはあらゆる局面で行われています。例えば、今日皆さんが食事をしておられる時に、日本人ならタレントの噂話か野球かサッカーの話でしょう。これがユダヤ人だけだったらどうなるか? 教育的会話をします。先週私はシンガポールのシナゴーグに行ってユダヤ人の食事会に参加していたら、世界各国からユダヤ人が来ています。どんなことをそこで我々が食事をしながら議論したのか? 実際これがシンガポールのシナゴーグで2時間半ぐらい食事しながら議論したことの実例です。

「オリンピックにイスラエルは積極的に参加すべきか。」

こういうことを議論しているんです。これはどういうことかと言いますと、「オリンピックはギリシャが元々始めた。ギリシャは多神教の国ではないか。我々は一神教だ。そういうスポーツの祭典に参加していいのか。」ということを議論する。2番目はこんなことを議論している。

「『牢番が死ねば解放してやる』という判決で監獄に入れられた自分の息子のために母親がその牢番が早く死ぬように祈ることはユダヤ人として許されるのか。」

「薪を割る斧の音が死にかかっている人の魂と肉体の離脱の妨げになる場合に、薪を割るのを止めるべきか。」

こんなことを議論しているんですよ、食事の時に。

「拷問の苦しみから逃れるために自殺することは許されるのか。」

こんなことを食事の時に議論するんですよ。自殺というのはユダヤ教では許されていない。イスラムではジハードという形でそれが非常に聖なることと言われていますが、我々は自殺は許していない。じゃあ、苦しみから逃れる為に自殺することは許されるのか?

「死の激痛に苦しむ人のために神が命を早く召されるように祈ることは、その親族なら許されるのか? それとも他人なら許されるのか?」

この議論の大体の大勢は、フランス人もだいぶ来ていましたけれども、彼等は興奮するとフランス語で話をするからラバイが「英語で話をしろ。誰も分からないから。」と言って。安楽死を祈ることは他人なら許されるというのが大体のユダヤ人の多数の議論でしたね。

「宇宙がどう創造されたかの勉強と宇宙がなぜ創造されたかの探求とどちらがユダヤ的か。」
「ダーウィンの進化論とユダヤ教は符合するのか。」

まあ、大体こんなところを議論すると、全然話が尽きないわけですよ。ワーッと議論するから。こういうことを食事の時にシナゴーグでも家庭でも親子で議論する。だから、かなり哲学的というか宗教的というか神学的なことを議論するのです。これがユダヤの家庭教育なのです。

だから日本人がお笑い番組のテレビを見ながら、野球中継を見ながら夕食を食べるというのとは全く違った風景が我々ユダヤの風景の中にあるということを分かっていただきたいのです。

ユダヤ人は何故勉強ばかりの生活を送るのか? 

これは勉強こそ最も聖なる宗教行為だからです。つまり、皆さん方が仏様の前に行って手を合わせて南無阿弥陀仏を唱えるのと同じぐらいに、それ以上に我々ユダヤ人にとってはああやって議論することが最も信仰の聖なる行為なのです。タルムードの勉強会にほとんど亡くなる寸前までユダヤ人は出てきます。私が出ている勉強会も毎週水曜日シナゴーグでありますが、老人達は車椅子でも勉強会に参加しているわけです。私もあちこち世界のシナゴーグに行きますから、次に行った時にはもう亡くなっていますね。でもその瞬間まで勉強しているのです。ユダヤ人から勉強を取ると何も残らないぐらいに勉強の毎日です。

さて、もう一つ重要なことは安息日とは何か。

皆さん、「十戒」という言葉はご存知ですよね。モーゼがシナイの山で神から十戒を授けられた。十回には色々ありますが、「汝、殺すなかれ」とか、日本人の多くの人が知っているのは「汝、姦淫するなかれ」とかありますが、実は十戒の中でもう一つ「安息日を守れ」と。安息日とは、ユダヤ教、すなわちキリスト教とイスラム教の母体になったユダヤ教では、金曜日の日没から土曜日の日没までが安息日なのです。この時は一切の人間的な行為をしてはいけないとなっている。これはユダヤ教では、「もしその掟を破ったならば死刑に処す」と書かれているぐらいもの凄く重要な戒律なのです。一切の人間的行為とは何か? 

これについては有名な実話があります。ワールドシリーズの初日に先発ピッチャーに指名されたドジャーズのサンディ・コーファスというユダヤ人投手がいたのです。その初日が実は安息日に当たったので、彼は先発ピッチャーを降りたのです。これはアメリカ人なら誰でも知っている有名な実話です。それぐらいユダヤの安息日というのは重要なのです。何をしてはいけないのか? もうあらゆることをしてはいけない。まずe-mailなんて全然駄目だし、電気のスイッチを入れるのも駄目だし、料理するのも駄目だし、車に乗るのも駄目だし、地下鉄に乗るのも駄目だし、エレベーターも駄目。だから、ユダヤ人だとエレベーターは駄目ですから、もし20何階に住んでいると階段で昇り降りしなければいけないなのです。勿論筆記具を取り出すことも駄目です。仕事も駄目。仕事の書類を出すことも駄目。だからその間は家族と語らい、先ほどのようなああいうような議論をする日だと言われている訳です。この安息日があるからこそ、我々ユダヤ人は精神と肉体のバランスを保ち得たんだ、という風に言われている。日曜日というのは安息日のことが起源になっているのですが、日本人の方はなかなか日曜日もお休みにならない。取引先とゴルフに行くだとか映画を見るとかになると思いますが、我々ユダヤ人は何もしてはいけない。ユダヤ人からすると「日本人は日曜日も土曜日も接待だとか仕事仲間とゴルフに行くとか、何故仕事以外の人生の目的がないんですか?」ということになる。

そしてもう一つ重要なのがこの食事戒律ですが、食べてはいけないものが非常に多いです。今日皆さんがお召し上がりになりましたものはユダヤ人はほとんど口に出来ないです。それはユダヤ人のコックが作っていないからまず駄目ですね。それから魚は、今日は何の魚だったか知りませんが、魚の大半は我々は口に出来ません。口に出来るものはイワシとシャケぐらいのものです。それは何故か? ヘブライ聖書の中に「ウロコとヒレのある魚で、ウロコを剥す時に簡単に剥がれる魚だけ」と書かれていますから、タコ、イカ、海老とか全然駄目です。シャコも駄目。だから私は改宗する前日に、もうタコとイカとシャコをたらふく食べました。それから、肉類は何が駄目か? イスラムと同じで豚は駄目。それから牛もユダヤ人の専門家による一定の屠殺方法に従った牛でないと食べられない。だから牛も日本では全然口に入れることは出来ないです。鶏も同様の理由から駄目です。だから日本では野菜しか食べられない。

厳格に食事制限を守っているユダヤ人は野菜と果物と木の実しか食べていない。なんでそんなことをするんだ? 逆にユダヤ人は「なんで皆さん、そんなに食事にこだわるんですか。三ツ星だとか、美味しいレストランだとか、日本のテレビの画面を見ていると食事の画面ばかりじゃないですか。鉄人シェフだとか、なんで食事にこだわっていらっしゃるんですか、貴方がたは?」というのが、僕らから見ると逆の質問なのです。「もっと何か他に重要なことがありませんでしょうか?」というのがユダヤの考え方、だから食事制限があるのです。

十戒、これは確かにユダヤの根本的な道徳律を教えているのですが、我々にも昔戦前には「修身」という科目がありました。「汝の父母を敬え」と教えられたのですが、これと同じにユダヤも確かに十戒に「汝の父母を敬え」と。「Honor your parents」というのがあります。でもどう違うか? 全然違うのです。それは十戒をもうちょっと最後まで読むと、「汝の父母を敬え。That you may long endure on the land that the Lord your God is assigning to you.」これはどういうことか? この「you」というのは子供のことを言っているのです。汝の父母を敬え、そうすれば、子供よ、お前は幸せな一生を送れる、と言っている。このことについて話し出すと長くなりますが、子供と親の関係というのは一番精神的な確執とストレスが多い関係だから、子供が幸せな一生を送るためには子供が父母を敬うのが一番良いことだ、というのが我々ユダヤの考え方です。だから、戦前日本の修身の親を敬うのが子供の当然の務めだというお上からの統治的考え方じゃないのです。子供のためということなんです。

さて、これは有名な絵ですよね。レオナルド・ダビンチが書いた例の「Last Supper、最後の晩餐」これを見てまずお気づきになるのは、真ん中に座っているのはイエス・キリストですね。これ、実は全員ユダヤ人なのです。全員ユダヤ人です。一人だけユダという裏切り者がいるという説がありますけれども、実は全員がユダヤ人です。キリスト教というのはユダヤ教の一分派だったのです。それがパウロによってキリスト教、カソリックという形に発展して行ったのです。話が全然変わりますが、この絵を見てどこかおかしいと思いませんか? おかしいんですよ。非常におかしい。「最後の晩餐」と言いながらテーブルに何が載っていますか? 例えば、豪華な食事が並んでいる? どこにも並んでない。そうでしょう? もう一つ最後の晩餐の絵がありますが、これを見ても食事が皿の上に載っていないです。これは不思議だと思いませんか? 僕がユダヤ教を勉強し出して初めてこれが何故食卓に食事が載っていないのかということの謎が解けたんです。それは、実はこの絵から来ているんです。これは紅海が真っ二つに割れてユダヤ人をエジプトの奴隷からモーゼが解放している。ユダヤ人がここを渡っていくんです。それでエジプトの戦車がファラオの戦車がダーッとあとを追って来る。そうしたら、この海はバーッとまた元に戻ってエジプトの戦士達が全部海に溺れて、ユダヤ人だけは紅海を無事に渡った。この時に「さあ、早く逃げよ」と泡を食ってユダヤ人達がエジプトから脱出して行った。これが「出エジプト記」というモーゼ五書の一つですが、その時に泡を食って出て行ったので実は食器、食材、調理具、食物や、こういう焦げてふわっとしたパンを作るパン粉、イースト菌などを持って行けなかったのです。着の身着のままで逃げ出した。その時の苦労を思い出すというユダヤの儀式、宗教的な儀式が年に1回あります。我々ユダヤは太陰暦を使っていますから、いつ頃あるかと言うと大体4月から5月頃にあります。これを英語では「パスオーバー」と言います。「ペサハ」とヘブライ語では言います。この時の逃避行、何千年も昔の話を今でも思い出すために、食事は出来るだけ貧しいものを食べましょう、年1回です。それはイースト菌で膨らませた美味しいパンではなくペチャッとしたクラッカーみたいなパン、マッツォと、それからマロールという苦い菜っ葉を食べてその時の苦労を思い出すのです。4000年これをやっているのです。だからイエス・キリストの為に開かれた最後の晩餐の食卓のテーブルの上には何も載っていないのです。

さて、ユダヤ人がシナゴーグでどんな格好をしているのか? これは皆さん方が普通見られるものではないので、本来ならこういう所でやるべきではないのですが、シナゴーグで我々ユダヤ人がどんな格好をしているのかということを今日お見せしたいと思います。まず帽子を被ります。シナゴーグでは必ずこれを被らなければいけないのです。

だいだいユダヤ人は皆これを被っています。これを「キッパ」と言います。何故被るのか? 我々はシモベであるという意味でこれを被っています。

それからもう一つが「テフィリン」というものを付けます。これはヘブライ聖書に「貴方の心臓と貴方の眼と眼の間に付けて神の教えを忘れないようにしなければならない。」と書かれています。だからそうするのですが、これを毎朝7時にシナゴーグに行ってテフィリンを付けてお祈りをしている訳です。世界中のユダヤ人のほとんど、まあ熱心な人はやっていると思います。私も世界各地をうろうろしていますから、必ずシナゴーグに行って毎朝これをやっています。ちなみにこの箱の中には何が入っているかと言いますと、モーゼ五書の一節が入っています。これは素肌に付けなくてはいけないのです。それで巻く回数、これは革で出来ていますが、巻く回数が決まっています。左の腕に上腕に7回、1、2、3、4、5、6、7。旧約聖書というかヘブライ聖書に書かれているように「そしてあなた方の頭の眼と眼の間に付けなくてはならない。」そして最後に中指に3度巻きつける。それでヘブライ文字の「シン」の字をここに書いて、まあ一丁上がりという感じになります。これでテフィリンは終わった。

次に「タリート」というショール。これはユダヤ人が必ず毎朝祈りの時に身に付けなければいけないものです。房が付いていますね。この房は613の結び目があるのです。これは何を象徴しているのかと言うと、この結び目、これはユダヤ人が守らなければいけない戒律が613あるということ。一般の人が守らなければいけないのは7つ。皆さんが守らなければいけないのは、「盗むなかれ」だとか、そういう基本的なやつ。それ以外に我々613、沢山あるんです。それがここにあるということなのです。これがユダヤ教の正式な、シナゴーグで我々が毎朝している格好です。

さて、それでどういう祈りを捧げているかということですが、ヘブライ語はお聞きになるチャンスはあまりないと思いますから今からちょっと。一番ユダヤ教で有名な祈りがシェマの祈りとアミダの祈りというのがあります。アミダの祈りというのは恐らく阿弥陀経の名前の元になった祈りかも知れませんが、シェマの祈りは座って声を出して祈るんです。アミダの祈りは立って黙読するのですが、黙読の方は聞かれても面白くないでしょうから、シェマの方を祈ります。これが一番有名な祈りです。本1冊祈り集がありますが、その中で最も有名な祈り

(シェマの祈り)

これが我々ユダヤ人にとっての最も有名な祈りで、これはどういうことを言っているか? 我々の神は唯一の神ということと、それから寝ても覚めても起きても食事をしている時も全てユダヤの教えを子供たちに教えなさい、ということを言っている。だからいかに家庭教育が重要かということが、この重要なシェマの祈りの中に書かれているから、我々はもの凄く家庭教育を重視しているのです。だから女性はシナゴーグに行く義務がないのです。女性はこういう格好をする義務もない。祈りをする義務もない。家庭で子供たちを教えるのが女性の最も重要な仕事だから、あらゆる宗教的な儀式から解放されているのです。だからシナゴーグに行くのは基本的に男だけです。もし女性で来たい人がいても祈る必要もないし、こんな格好をする必要もない。これがユダヤ教の基本です。

 さて、ユダヤ人とは? 先ほど私は自己紹介をして自分のことをユダヤ人だと言いましたけれども、どういう定義なんだ? 「ユダヤ人とは」という定義。これはイスラエル憲法及び正統派ユダヤ教のオーソドックス派で認められている定義があるんです。それは1番、ユダヤ人とは改宗者。だからユダヤ教の改宗のプロセスを全部経て改宗試験に受かったもの。私の場合は勉強するのに5年ぐらいかかりました。ラバイの個人教義を受けて勉強して、試験が何度もあって、筆記試験があって。司法試験みたいな感じだったですね。そして面接試験があって。一番大変な改宗手続の最後のさわりは何だと思いますか? これは男だけが経験しなければいけないのです。割礼手術なんです。最初私は、これはちょっと血を出せばいいのかなと思っていたら、いやいやとんでもない。ちゃんとした外科手術で手術台に入ってラバイと外科医が入って来て、それから1時間ぐらいの本格的な外科手術です。全部の包皮を取るんです。それを見届けて初めてラバイが「いやー、おめでとう。我々の仲間になった。確かに見届けた。石角完爾、お前はここに確かに神と契約した。」ということで抱きしめられて。その後に「ミクベ」という手続があるんですが、これは母親の胎内からもう一度ユダヤ人として生まれ変わることを象徴する、自然の水に浸かってもう一度生まれて来るという儀式があります。これは自然の水でなければならないというので、雨水を自然に集めた中に浸かってそれから出て来るという儀式です。私の家内はその自然の水がなかったので三浦海岸の海の中に浸かって改宗したのですが、12月の寒い時にあれは大変だったですね。それもユダヤ人が5名見届けなければいけない。

だからユダヤ人とはまず改宗者なのです。それから改宗者の母親から生まれた子供達はユダヤ人なのです。だからユダヤ人というのは何も特別の顔をしたり、人種じゃないのです。改宗者及びその改宗者たる母の子孫なのです。それがユダヤ人です。だから色々なユダヤ人がいます。中国系の私のような顔をしたユダヤ人もいれば、真っ黒なエチオピアのユダヤ人もいるし、フランス人のラテン系のユダヤ人もいるし、真っ白な北欧系ユダヤ人もいる。だからユダヤ人というのは人種ではないのです。改宗者及び改宗者の母親から生まれた子孫。それが今のイスラエル憲法の定義だし、オーソドックス派の定義でもある。

この絵を見たことがありますか? 有名なミレーの「落穂拾い」です。これが実は改宗者の最も基本的なところを示しているんです。これも僕はユダヤ教の勉強をするまでは、この絵がユダヤ教の絵だとは知らなかったです。恥かしながら知識がなかったというか、これが何でユダヤ教なんだ? 実はここに居る女性は改宗をして我々ユダヤの最も有名な王のダビデ王の曾お祖母さんになった女性なのです。これは異教徒の女性なんです。ルツと言います。ここに居るのがそのルツの姑、ナオミといいますが、ルツはナオミの息子の嫁なんです。そして異教徒。ナオミはユダヤ人。ここに居るのがモアブというこの地域の王様の使えている女性。落穂拾い、この絵を初めて見た時にまあ感動はしたんだけれども、一つ疑問があったんです。「これはなんで3名なんだ?」と。おかしいと思いませんか。なんで3名しか描かれていないんだ。ミレーが。実はそれにはこういう宗教的背景があったんです。ヘブライ聖書の改宗者ルツのその時の場面を書いているんです。本来なら、落穂拾いだから、こんな広い麦畑だから何人もの人が落穂拾いをしていてもいい訳じゃないですか。だけど3人しか描いていないということはそういう宗教的背景があったんです。この絵もそうですね。実はミレーはこういう絵も描いています。「刈り入れ人たちの休息」これが将来ルツの旦那さんになる男性なんです。その男性のシモベ達と落穂拾いをして休息をしている場面ですが、これは先ほどの絵の続きの場面なのです。これを旧約聖書というかヘブライ聖書のルツ記を見ると「ああ、あれは続きの場面だな」ということが分かって来るのです。石角完爾は何でもユダヤ教にこじつけていると思われると嫌なので、ウィキペデアという現代の電子辞書から取ったものを読みます。

「日本の整然と株の植わった稲田と違い、欧州の麦畑は同じミレーの『種まく人』にみるように畑に種をばら撒き、育った株を柄の長い鎌で立ったまま薙ぐように刈り倒す[1]。これをフォークで集めて脱穀するのだが、当然のことながら集めきれなかった落穂が多数地面に残される。当時、旧約聖書の『レビ記』に定められた律法に従い、麦の落穂拾いは、農村社会において自らの労働で十分な収穫を得ることのできない寡婦や」
旦那さんが死んでしまった人。だからそこにルツが居るんです。ナオミも旦那さんが死んでしまったんです。だからそこに居るんです。落穂拾いをしているんです。
「貧農などが命をつなぐための権利として認められた慣行で、畑の持ち主が落穂を残さず回収することは戒められていた。」
だから落穂拾いというのは、そういう意味で貧民対策だった訳です。今で言ういわゆる生活保護支給のようなものです。
「落穂拾いの光景はミレーの故郷で土地の痩せた北ノルマンディー地方では見られず、肥沃なシャイイ地方に移住した後に体験した感銘を描いたものであると考えられている。また、同時期には同じく旧約聖書『ルツ記』の一場面に由来する『刈り入れ人たちの休息(ルツとボアズ)』を手がけており、農村社会での助け合いを描いている。」
ボアズというのがルツの旦那さんになる人ですが、それを描いているんですね。だから、ユダヤ教の勉強をして、このミレーの絵の謎が私は解けたし、それからダヴィンチの最後の晩餐の絵の食卓に全然食事が出ていないという謎も解けた。そんなこともあって、だんだんとユダヤ教の勉強の深みにはまっていった訳です。

その時にルツが述べた有名な言葉があります。これはアメリカ人でもヨーロッパ人でも全員が知っている言葉ですが、
「For wherever you go, I will go; wherever you lodge, I will lodge;  your people shall be my people, and your God my God. 」
つまり、あなたの神が私の神だと。どこに行かれようと私はあなた方について行きます。
「Where you die, I will die, and there I will be buried.  Thus and more may the LORD do to me If anything but death parts me from you.」
あなた方が死ぬ所で私は死にます。そこに埋めていただきます。神が死を私をもって分かつまで貴方のお傍におります。

これが改宗の一番基本的な原則を言っています。だからユダヤ教に改宗するということはこの覚悟を神との間に誓うということです。それがあのミレーの落穂拾いの絵だったということは勉強するまで僕は知らなかった。

さて、ユダヤ人が最も重視するのは何か? 先ほどお見せしましたように、自分の畑だからといって落穂を全部回収してはいけない。貧しい人の為に、そして夫に先立たれた妻の為にとっておかなければいけない。これがユダヤ教で我々が一番重視している「ツェダカ」という思想です。いわゆる西洋で言うチャリティなのです。これも具体的には細かい規定がありまして、全収入の10分の1をツェダカにチャリティとして出さなければいけない。例えば、大学を卒業して稼ぐようになれば最初の年の年収の10分の1です。After Taxではないです、Before Taxです。だから結構金額的には厳しい話です。あるいは、そういう金銭的な供出をすることが出来ない人は、労役だとか精神的な活動とか、あるいは病人を見舞うとか孤児院で色々な世話をするとか、何かそういう形でチャリティを行なわなければならない。これが一番重要なユダヤ人の義務です。

最後になりましたが、日本語でこういう今日お話したようなことを私がブログに書いています。このブログは恐らく量的には日本で最も量の多い、日本語で書かれたユダヤ教のブログです。
www.kanjiishizumi.com 
よければ是非いっぺん訪問してみて下さい。
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さて、今日の私のユダヤ教のさわりの部分の話はこれぐらいに致しまして、あとはコーディネーターの方にお任せしたいと思います。

司会:ありがとうございました、石角先生。ユダヤの非常に本質的な内容、特に改宗を通してユダヤ教徒となっていく点を詳しくお話し頂きましたけれども、何かご質問はございませんでしょうか。

A:ちょっとお伺いしたいと思います。非常に面白い話をお伺いしましてどうもありがとうございました。最初の出だしのところで、「ユダヤ教は何を拝むか、何も拝まない。」こういう話だったんですが、今の話ですと祈りという形で神様に何らかの、拝むということじゃないのでしょうが、神様の教えを祈っている、そういう感じなんでしょうかね。一応神様というのはある訳ですよね、一神教ですから基本的には。このお婆さんの問いというのは、何か拝む神様はいるのかということだったと思いますが、その辺の考え方ですね。日本人の拝むというのと、ユダヤ教の一神教で祈るということとはどこが違うのかについて分からないところがあったのですが、教えて頂きたい。

 一神教に対するもの凄く根本的な疑問というか御質問で、これは一生かけてもなかなか解けない疑問だと思うのですが、まず偶像がないんです。だから仏像もなければカトリックに見られるようなマリア像もないし、十字架もないし、イエス・キリストの十字架にかけられたような像もない。いわゆるカトリック、バチカンに行かれた方はご存知でしょうけれども、バチカンの内部でも聖人、フランシスコ・ザビエルだとかの聖人の像がたくさんありますよね。それからカトリックでは聖人の亡くなった遺体に関しても信仰の対象になっていますよね。それは我々にはありません。何もないです。ユダヤ教のシナゴーグの中ではそういうものは一切ない。だから何を祈っているのか? それが分かればユダヤ教の根本が分かる。要するに神とは何かということなんです。我々は宇宙の創造主だという風に言いますけれども、アメリカに50州ありますが、その半分の州ではダーウィンの進化論を教えてはいけないのです。あくまでも神が創造したという創造論を教えなければいけない。それは州の憲法でそう決まっている訳です。その創造論で言う神が我々の神に近いのです。アメリカの各州ではプロテスタントの神です、ユダヤの神ではない。でも何が一番近いかと言うと、プロテスタントは聖母マリア像も十字架もキリスト像もないので、彼等が我々に一番近いです。だけどかなり違うのは、ダーウィンの進化論を我々は一部認めています。プロテスタントは全然認めていない。つまり我々ユダヤ教は「宇宙がどう出来たかということは科学のサイエンスが解明するところだ。我々が考えているのは、ゴーギャンの絵にもありますように、我々がどこから来て、何で、どこに行こうとしているのか?」つまり“宇宙は何故出来たのか”という「Why」の方を一生懸命考えているのです。Howを考えるのはサイエンス、Whyを考えるのがユダヤ教。そういう宗教なのです。

確かにビッグ・バンで、イギリスのホーキング博士のビッグ・バンで宇宙がケシ粒のような小さな固まりから膨張して出来たんだ。それはそれで我々は認めているのです。ヘブライ聖書の中にもそのように書かれていますから、「ケシ粒のような固まりであった。」と書かれています。我々が一生懸命考えているのは、「何故出来たのか、何故この宇宙が出来たのか」ということを考えると、「それは神じゃないか。何か目的があって出来たのではないか。」という風に考えている。それを考えることが「お祈り」なのです。だから勉強しないと分からないので、神の存在が具体的な形を伴っていないし、物理的な属性も持っていないし、非常に絶対無の形而上的な空の存在であり、もし神の存在を表現するならば“否定形”でしか言えない。形がないとか、色がないとか、光がないとか。太陽系ではないとか、銀河系ではないとか、という否定形でしか言えないだろうと我々は考えています。先ほどのトーラというのはモーゼがシナイ山でさずかった神からの我々人間とこの地球に対するMission Statementだと考えています。台本だと。その台本に従って我々は天地創造を6日間で神が休まれたので、7日目は我々もそれにならって安息日で休んでいます。ユダヤ民族は神のパートナーとして最後の仕上げに神と協力して善き世界を作ろうとしているんだと。これが実は選民思想だという形で批判されているんですが、そういう民族だという意識がある。その最後の仕上げをするために神様に問いかけなければいけない。「どうすればこの台本の意味が分かるんですか?」という問い掛けをするのが、先ほどお見せしたシェマの祈りやアミダの祈りなのです。いわゆる祈りというのが、実はユダヤ民族から神への問い掛けなのです。モーゼ五書という台本を読んでもよく分からないから問いかける訳です。神がこういう風に宇宙を創りたいという希望を書いたのがMission Statementであるモーゼ五書と言われているトーラなんです。そのトーラだけでは神の考えが分からないのでだから永遠に勉強しなければ分からない。具体的な物性やら属性やら形やら色があるものではない。だから祈り続けて問いかけるのです。だからイスラムともちょっと違いますね。イスラムはムハマドという具体的な預言者がいらっしゃるわけだから。今の答えになりましたかどうか。

A:そうすると神様の存在というのは、こちらから何かをお願いしたり頼んだりする対象ではなくて、むしろ神様が人間を創って宇宙を統べている、統括している、そういう感じの神様はいると感じているんですね?

神の存在を否定することは出来ないけれども、神の存在をむやみに信じることもまた出来ないというのがユダヤ人の立場です。だから我々は「本当に居るんだろうか?」ということを常に考える民族です。イスラエルとかユダヤというのは「神と闘う人」という意味です。闘わなければなかなか分からない。「神と言い争いをする人」という意味です、「イスラエル」とは。徹底的に、場合によっては神を法廷にまで引きずり出す民族なんです。そういう話が実際にあります。言い争いをして神に説得をし、議論を呼びかけ、畳みかけて神に挑戦する民族です。ヘブライ聖書にもそういう物語があります。その話を聞いてもあまり面白いとは思われないでしょうから止めておきますが、そういう神と議論する場面はヘブライ聖書の中で随所にあります。議論しなければ分からない、そういう対象です。ヘブライの神とは。

B:面白い話をありがとうございました。その服装の件でちょっとお聞きしたいのです。それとまた違う格好で山高帽の方もいらっしゃいますよね。あれはやはりユダヤ教の中でも色々な宗派があるということなのでしょうか、それとも何か別の理由でしょうか?

山高帽で真っ黒い服装をしている人、あれもユダヤ教の一派です。どちらかと言うと、あの人達は、ユダヤ教の中でも3つの派閥があります。まあ実際はユダヤ人の数だけ派閥があると言われていますが。我々はもの凄く個性的な人間なんですよ。だからユダヤには人口の数だけ内閣総理大臣がいると言われているぐらいに徹底的に一人一人違うのですが、大きく分けると、一番厳格にモーゼ五書、トーラを守る人をオーソドックスと言います。オーソドックスの中でウルトラ・オーソドックスと言われている人達がああいう山高帽と黒い服装。あの人達は43丁目のダイヤモンド街、ニューヨークのマンハッタンでダイヤモンド商です。もの凄い大金持ちの人が多いです。だから服装では分からない。それから、コンサーバティブと言われているのがアメリカで最も多いユダヤ教の信者達で、トーラの戒律は確かにそうだけれども、これは現代風に解釈し直さなくていけない、という考え方を持っているのがコンサーバティブ。だから我々のトーラではユダヤ人が作ったユダヤ人の蒔いた種でブドウで作った、ユダヤ人の醸造所で出来たワインしか飲んではいけない。でもコンサーバティブの考え方は、「そんなこといいだろう、ワインだったらどんなワインでも飲んでいい。」というのがコンサーバティブ。さらにもっとリベラルなのがいます、アメリカのサンフランシスコのあっちの方では。「ゲイのラバイだっていいだろう。」と。これはモーゼ五書で男と男の行為は絶対駄目だと書かれているわけです。だから正統派から見ればそういうのはゲイのカップルは絶対に許されない。だけどリフォームと言われているもの凄い改革派もいる訳です。その他にもいっぱい改革派、その間のバリエーションがありますから、ユダヤ人の数だけ派閥があります。服装もバラバラですし、そういう格好をしている人もいれば、全く普通の服装でTシャツの人もいます。

C:鈴木です。アジア人でユダヤ教の一番多い国はどこの国ですか?

チャイナです。
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