profilephoto
Kanji Isaac Ishizumi
 
+BOOK
これならわかる実践M&A事典
「会社合併実務の手引」(新日本法規出版)
+BOOK
これならわかる実践M&A事典
「これならわかる実践M&A事典」(プレジデント社)
RSS 1.0
ATOM  0.3
<< September 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
<< 石角完爾が読み解く“おもろい”ヘブライ聖書(27) ノアとアブラハム (Genesis / Bereishis 第6章〜第9章、第25章1節〜18節) | main | 読者から質問がありましたのでお答え致します。 >>

    Comments from a Rabbi in Jerusalem
    ジェルサレムのラバイからのコメント

  1. Introduction to Judaism
    ユダヤ教の初歩の初歩
  2. Difference between Judaism and other religions
    ユダヤ教と他宗教の違い
  3. Who Jews are?
    ユダヤ人とは?
  4. Jewish Religious Calendars and Annual Events : Jewish Ceremonies
    ユダヤ教の宗教カレンダーと年中行事・ユダヤ人の人生儀式
  5. Jewish Prayer
    ユダヤ教の祈り
  6. Kashrut
    ユダヤ教の食事戒律
  7. Jewish Laws (except Kashrut)
    ユダヤ教の戒律(食事戒律以外)
  8. What is the prohibition of idol worship that is the essence of Judaism?
    ユダヤ教の真髄である偶像崇拝の禁止とは
  9. Judaism and Circumcision
    ユダヤ教と割礼
  10. Judaism and Tzedakah (To help the poor)
    ユダヤ教とツェダカ(貧者救済)
  11. Concept of G-d in Judaism (Relationship between Jewish and G-d)
    ユダヤ教に於ける神の概念(ユダヤ人と神との関係)
  12. Interpreting Hebrew Bible by Kanji Isaac Ishizumi
    石角完爾が読み解く“おもろい”Hebrew Bible
  13. Jewish Daily Life, especialy Shabbat day
    ユダヤ人の日常生活 … 特に安息日について
  14. Jewish in the various cities and countries
    世界各地のユダヤ人
  15. Jewish Wisdom of  5000 years
    ユダヤ5000年の生活の知恵
  16. Judaism and Education
    ユダヤ教と科学・教育
  17. Judaism and Moral Law
    ユダヤ教と道徳・法
  18. Judaism and Medical Science
    ユダヤ教と医学
  19. Judaism and Money
    ユダヤ教とMoney
  20. Relationship between Men and Women in Judaism
    ユダヤ教と男女の関係
  21. Relationship between Human and Animal in Judaism
    ユダヤ教に於ける動物と人の関係
  22. Anti-Semitism
    反ユダヤ主義について
  23. Compariative study of Jewish and Japanese
    ユダヤ・日本 比較論
  24. Jewish view on Japanese Business and Business Culture 
    ユダヤ人から見た日本企業と日本の企業文化
  25. Jewish view on Japanese Education
    ユダヤ人から見た日本の教育の問題点
  26. Why and How Kanji Isaac Ishizumi converted to Judaism?
    何故、どのようにして(Why & How)石角完爾はユダヤ教徒になったか?
  27. Publication of Kanji Isaac Ishizumi
    石角完爾出版物紹介
  28. Comments from Blog readers
    ブログの読者からの反応
  29. Others
    その他
初等社の講演
司会:では定刻となりましたので、まだ人数もこれから来ると思いますけれども、先に始めさせていただきたいと思います。石角先生は本会で前回も5〜6年前に「スーパーエリート教育」というお話をして頂きました。Prep Schoolの入学についてのお話をして頂きました。今回、そういうユダヤ人になったということを偶然FM放送のインタビューで聞いたのですが、そういうことで今回ユダヤ人とユダヤ教について私もよく分からないことが沢山ございますので、特に今日は来ていませんが、XXXさんという反ユダヤ主義者の人が当会にいるのですが、今日は直接対決をするのを嫌がるのかなと。(笑い)今日はXXX先生です。では1時間程度お話いただきまして質疑。また8時半からレストランに移って会食としますので、8:40ぐらい前後にはレストランに移りたいと思います。ではよろしくお願い致します。これを使います? では、それを見ながらよろしくお願い致します。
 
石角:ユダヤ的にやっていいですかね、今日? ユダヤ的にやるとなると「何か質問ありますか?」と。石角完爾がここに居ますから。多分日本語の出来るユダヤ人は世界で僕だけだろうと思いますし、「何か御質問ありますか?」というやり方がユダヤ的なんです。どうぞ。
 
AA:XXXと申します。そうすると、日本人でもないしユダヤ人でもないのか。それともユダヤ人であり日本人でもあるのか、そこら辺の価値観の事例とか。その辺をどのように。今日の石角さんのおっしゃったのでは、僕は石角さんは日本の方かと思っていたら、「いや、自分はユダヤ人だけど日本に住んでいる。」とかおっしゃったようで。その辺が混然と融合しているような感じになるので、ちょっとご説明頂ければと思います。蝶ネクタイ派の同志として御質問申し上げます。

石角:これもユダヤ的な対応でいいですか。ユダヤでは質問に対して質問で返すんです。そこで「日本人って何ですか?」どうですか?

AA:それは本当の日本人でなければ「日本人って何ですか?」というのは分からないと思いますが、どういう風に思いますか。また質問で返す。

石角:だいぶユダヤ的ですね。「日本人とは何ですか?」と聞かないと「ユダヤ人とは何ですか?」というのは答えられないと思うんです。多分ここにいらっしゃる方は皆日本人で、僕も日本国籍だから「日本人って何ですか?」と聞かれて多分皆答えられないというか、一人一人全部答えが違うのではないですかね。日本国土に住む人が日本人だったら在日韓国人は日本人ですよね。ところがブラジルに移住した日本人は日本国土に住んでいないけれども、あれも日本人なんですかね。

BB:日系ブラジル人ですね。

石角:日系ブラジル人、それは日本人から除外する訳ですね。

BB:日本人というのは日本国籍を持っている法律的に決まった人・・

石角:そういう定義で皆さん賛同されますか?

AA:そういう風になってしまうと、何か非常に法律的あるいは学問的にあれするのかも知れませんが、私は「日本人とは何ですか?」と言われた時に、やっぱり何と答えるか自分で・・・勉強してみたいと思いますけど、やはり基本的には島国根性が抜けない少数民族というか、これから益々日本の力を何かと言われた時に非常に何だか分からないことになってしまう、大国から中国、それから小国の未来しかないという見方と、それから日本人の未来には非常にいろいろと夢もあるし、まだまだ大丈夫だという方もありますけど。その辺から僕は石角さんがユダヤの方ではなくて日本人で色々と見ながらユダヤのことを語っておられるのかなと思っていたら、そうじゃなくて。逆にユダヤ人で日本人に・・

石角:そうじゃないですよ。

AA:逆に言えば、なんでユダヤ人を捨てて日本人になられたかという質問。

石角:逆ね。何で日本人を捨ててユダヤ人になったのかという質問でしょう。まず、今の日本人というのは「日本国籍を有する者」だという明確な答えがある訳です。けれど「日本国籍を有する者」の条件は何かと聞かれると、多分XXさんでも答えられないと思うんですよ、多分。「日本国籍を有する者」という定義が日本人だとすると、日本国籍ってどういう条件で与えられるんですか。多分答えられないと思います。僕らが海外に出て行くと、日本国籍を有していて日本語をしゃべって日本のパスポートを持っていると大抵日本人と言われるんです。ちょっと日本人という定義はかなり曖昧模糊として分からない。ところがユダヤ人の定義というのはもの凄くハッキリしています。もの凄くハッキリしています。今日来られた人はこれだけは覚えておいて頂きたい。ユダヤ人とは「ユダヤ教に改宗した者及びユダヤ教に改宗した女性から生まれた子供」なのです。これはもう絶対不変の定義で。だから、まず改宗がありきなのです。ユダヤ教に改宗すると全員ユダヤ人です。よって、私のようなオリエンタルのユダヤ人も居れば、真っ黒な黒人のユダヤ人も居るし、北欧系の真っ白なユダヤ人も居るし、イラクに住んでいるユダヤ人も居るし、上海に住んでいる中国系のユダヤ人も居るんです。だから完全にユダヤ人というのはコスモポリタンなのです。しかし、ユダヤ教の教徒であるということで統一されているんです。だから僕が聞きたいのは、逆に日本人は日本教というか、そういうもので統一された民族ですか? 多分それはなかなかないでしょう。けれどもユダヤ人は徹底したユダヤ教というか、英語で言うとJudaismと言いますが、ユダヤ主義者なのです。ユダヤ主義者になる為にはかなりの改宗の試練がいるのです。誰でもユダヤ人になれる訳ではなく、僕の本の中にも書かれていますが、「ユダヤ教に改宗したい。」と言ってニューヨークのユダヤ・センターに行ったら「アホか!」と言われて追い返された。二度目に行ったら「気ちがいか!」と言って追い返された。3回目に行ってやっとセキュリティ・ゲートを通してもらった。それでもまだ何も始まらない。ラバイというユダヤ教の先生に面会を許されたのが何と3度目。4度目に「こういう本を読んでいらっしゃい。」と言われて、ニューヨークでバーンズ・アンド・ノーベルで売っているユダヤ教の入門書の本を4〜5冊示されてそれを読んで行ったら初めて「勉強会に参加していいよ。」と。勉強会というのは日曜日の夜にあります。それと水曜日の午後にあって、その週2回の勉強会に参加して「先生、改宗にどれぐらいかかりますか?」と聞いたら「まあ10年はかかるな。」と。「10年間それでも意欲が衰えなかったら改宗試験を受けさせてやってもいいよ。」と言われた。僕は弁護士でアッチコッチ行って忙しいから「じゃあ、1対1で教えてくれますか?」ということで10年を5年に短縮した訳です。

CC:そうすると、ヒットラーがアウシュビッツに送ったユダヤ人の定義も同じですか?

石角:違う。ヒットラーの定義というのは実に間違った定義で、鼻の高さが何センチで鼻の幅が何センチで額はどういうあれで、それで曾お婆さんというか三親等以内にユダヤ人がいれば全員アウシュビッツに送っているんです。従って、我々が言っているユダヤ人とヒットラーがアウシュビッツで殺したユダヤ人とは全然定義が違って、恐らくあそこではユダヤ人でないポーランド人もかなりの割合でアウシュビッツで殺されていますね。だからあの定義は無茶苦茶です。中世ヨーロッパでは「近づいて行って口が臭い奴はユダヤ人だ」と言われた時代がありました。そういう時代がありました。口が臭いのは当たり前で、我々は年に13回断食、断水日があるんです。つい先週もヨム・キプールの断食日がありましたけれども25時間断食、断水する訳です。だから口が臭くなるのは当たり前なんです。もちろん汗もかきますし、この暑い最中で一生懸命シナゴーグでお祈りを捧げる訳だから。だから、ユダヤ人は臭い、臭い奴には蓋をする、近づきたくないと。差別の対象になった理由の一つが「ユダヤ人は口が臭い」ということ。そんなことを言うならイスラムでもラマダンの時に断食をするじゃないか、と。断食に関してはこちらの方が先輩です。モハメッドは生まれるよりも数千年早く我々は断食を始めているんです。そんなこともありまして、今日お話しする中で是非覚えておいて頂きたい4つの言葉があります。

シナゴーグ、これはユダヤ教の教会です。ユダヤ人はだいだい毎朝平日は7時半にシナゴーグに行きます。私も行っています。東京ではちょっと行きにくいので、イギリスとかニューヨークに居る時は必ず行っています。上海に居る時もシンガポールに居る時も行っています。

ラバイ、これは司祭ですが、司祭というのはプロテスタンの司祭とカトリックで言えば神父さんとは、我々のラバイとは全く違います。どう違うか? 誰か、ここでクリスチャンの方はいますか?

DD:いや、別にないです。私は破門同然の人間ですから・・・・

石角:キリスト教の神父さんだとかプロテスタントの司祭の方というのは神と人間との間に位置しておられる方だと僕は理解しています。我々のラバイは単なる我々よりもヘブライ聖書のことを良く知っている人、その程度なのです。だからユダヤ教で一番偉い預言者のモーゼ、モーゼも決して神格化されていない。第一モーゼの墓はどこにあるか分からないし、モーゼを拝むことは一度もないです。そこが他の宗教と違うところです。
トーラ。今日は持って来ていますが、これはモーゼ五書です。そこが他の宗教とは違う。皆さん方が言う旧約聖書、僕らはヘブライ聖書と言っていますが。これですら崇めることはないです。まあ、勿論これを持ってトイレの中に入ったりするとそれは叱られますけれども。これは確かに神聖なものだけれども教材です。何の教材か? 神が我々に示したMission Statementとして教材です。だから台本なのです。ユダヤ民族として生きるべき台本がここに書かれている。

タルムードというのはこのトーラの注解書です。モーゼがシナイ山から授かったことが書かれている。それだけではよく分からないからというので、ユダヤ人が3000年かかって色々と解説してきたものがあるんです。その解説書が37巻あって、それがタルムードと言われている。それを勉強するのがユダヤ人の宗教的に一番神聖な義務なのです。義務というか、それをやらなければユダヤ教徒ではない。

この4つの言葉は覚えておいて下さい。私の講演の中でしょっちゅう使いますから。日本人の定義はハッキリしないけれどもユダヤ人の定義はもの凄くハッキリしている。他の「フランス人とは?」と言われてもフランス人の定義は全然ハッキリしない。世界の民族の中で一番定義のハッキリしているのがユダヤ人です。逆にそれで今日皆さんにお聞きしたいのは、「日本の民族というか日本人は何の為にこの世に生まれてきて存在しているのか?」と聞いて、そう簡単に答えられない。でも僕らユダヤ人は明快に答えられる。それは「この聖書の教えをこの世に自分が実践するために生まれてきたんだ」と明快に答えられる。だから、こういうサッカーだとかグルメに走るだとか、産業振興とかが人生の目的ではないということだけはユダヤ人はもの凄くハッキリしている。もう一つユダヤ人の特色は、「徹底的にエイリアンたれ」というのが我々がシナゴーグで言われていることです。人と変わっていなければ駄目だ。それと、徹底的に打たれる。打たれるごとに強くなるのが我々ユダヤ人で、日本人は僕が見てきた限り、やっぱり打たれるとシュンとなってしまうか、しょ気てしまうというか、暴走するかどちらかだけれども、我々ユダヤ人は打たれながら打たれながら、アウシュビッツで600万人殺されながら、それでもなおかつトーラの教えを守り続けて、国を失っていた期間が3000年ぐらいありますから、やっとイスラエルというカナンの地に戻ったけれども。ユダヤ人から見て日本人に対する一つの疑問は「グルメに走っているだけが人生ですか?」という点が一つあります。僕らユダヤ人は食べて良いもの・悪いものというのがもの凄く厳格に規定されているんです。日本人と中国人ぐらいじゃないですかね、何でも食べるのは。本当に異常な民族だと思います、日本人と中国人は。イスラムとヒンズーも我々ユダヤも食べないものは沢山あります。どっちが正常かと言われると、グローバル・スタンダードという言葉は使いたくないけれども、食事戒律がある方がグローバル・スタンダードだと思います。

ユダヤ人が食べてはいけないもの。日本では恐らくフルーツと野菜以外は口に出来ないです。我々が食べて良いものはコーシャでなくてはならない。コーシャのお話をすると1日ぐらいかかりますが、まとめて言うと、まず牛肉だとかああいう四つ足動物はほとんど食べられないです。勿論「ヒヅメが割れていて反芻する胃を持っているものについては食べて良い」と言われていますが、それですら屠殺方法が限定されている。カシュルートという食事戒律規定に従った屠殺人が屠殺した肉しか食べてはいけないので、日本では手に入らない。アメリカでも簡単に手に入らないのでそう簡単にみな肉食はしていないです。豚肉は元々駄目です。海産物に関してもほとんど駄目ですね。江戸前寿司はまず駄目です。カニ、海老、シャコとか全然駄目だし、マグロは駄目です。何故駄目か? ウロコがないから。僕らが食べて良いのは、「ウロコがあって、ウロコの形状が丸いもので、ウロコを剥す時に魚に対して痛みを与えないもので、かつヒレがあるもの」という限定がありますので、食べて良い魚というのは、サーディンとサーモンぐらいです。まあカープもいいかも知れないけれども。だいたいそんなものです。それから野菜は洗う時に、虫は食べてはいけないので、虫を徹底的に落とす為にしつこく洗うということで、野菜もそこら辺に売っているものは簡単に食べられない。ミルク、チーズなどの乳製品もコーシャの牛から取った牛乳でないと口に出来ないので日本では全然駄目です。アメリカでも売っているところは限られるので、まず駄目だということで、我々はチーズバーガーだとかそういうものも食べません。それから乳製品と肉とを一緒に食べてはいけないとヘブライ聖書に書かれているので、ビフテキにバターを塗るという食べ方はしません。チーズバーガーも駄目。デザートにチーズを肉料理の後に食べるということはしません。というようなことでコーシャの規定が猛烈にあって食べていけないものがもの凄く多いのです。何故か? その理由は一言で言うと、食べるだけが人生の目的じゃない。そこだけです。

皆さん、やっぱり日本人は僕が見ていても仕事中毒だと思うんですよ。けれどもユダヤ人は安息日という規定があって1週間に1日は絶対に仕事をしてはいけないのです。日曜日というのはキリスト教の休みでしょう。あれとは違うんです、僕らユダヤ人は一切電気を使ってはいけない。5メートル以上歩いてはいけない。それから筆記具を持ってはいけないし、仕事のことを考えてもいけない。その安息日が金曜日の日没から土曜日の日没までです。だから、その間ユダヤ人は仕事をしているという状況はまずない。自動車に乗ってもいけない、電車に乗ってもいけない、エレベーターを使ってもいけない。ユダヤ人の家に安息日に招かれると、24階に住んでいたら24階まで階段で上がるんです。それぐらい徹底している。それは宗教的に言うと、「神が6日間で世界を創られて7日目はお休みなったから」と言われていますが、ユダヤ人はそれだけじゃなくて、そういう仕事ばかりをやっているだけが人生じゃないでしょう。もう少し他のことを考える1日があってもいいんじゃないか、と考える。それは身体の栄養は食事、じゃあ精神とか魂の栄養は何から取るんだ? 安息日なのです。安息日で取るんです。それがユダヤ人の考え方なのです。さて、ここまででご質問ありますか?

EE:安息日には本は読んでもいけないんですか?

石角:聖書は読んでもいいんです。タルムードも読んでも構わない。ビジネスの本は駄目。翌日のビジネスの準備をしては駄目です。お札に触れても駄目、コインに触れても駄目、携帯駄目。だから携帯電話をシナゴーグに持ち込んだらえらい目に遭います。シナゴーグの外に置いておかなければいけないので、まあ大体そういうようなものを持っていかないようにしてから行かなければいけない。

AA:えらい目に遭うというのはどういう意味ですか?

石角:いい質問ですね。ヘブライ聖書では安息日というのは一番重要な戒律です。ヘブライ聖書で「安息日を守らなかったら死に値する」と書かれている。ヘブライ聖書の中で「死罪に値する」と書かれているものは幾つかしかない。幾つかしかないぐらいに一番重要なもの。安息日というのはもの凄く重要です。恐らく安息日があるからこそユダヤ人は4000年生き残ったと言われているぐらいに重要です。

EE:夜暗くなると電気のスイッチを、明るくするために。スイッチも触らない。そうすると真っ暗になってしまうじゃないですか。

石角:だから前日からスイッチを点けておく訳です。そこで、ここから先は「ユダヤ人と金」という本にもちょっと書いていますが、「じゃあユダヤ人の銀行で安息日の金利はどうするんだ」という議論があります。それは本1冊分ぐらいあります。安息日の金利は取って良いのか。バンカーの人が居るんじゃなかったですか、ここに? 元々「ユダヤ人はユダヤ人に対してお金を貸す時に金利を取って良いのか」という議論もそもそもあります。イスラム金融というのは金利を取らないはずです。サブプライム以降イスラム金融がもの凄く見直されているでしょう。その元々の金利を取らない金融というのはユダヤ人が始めているんです。安息日に金利を取ってはいけない、原則として。だから我々の金利は1年間は54日分少ない。もう一つは、安息日にユダヤ人が経営するレストランは、レストランのシェフが普通のアメリカ人だったら開いて良いのかという議論もあります。アメリカに行ったら多分ユダヤ式の食事を出しているレストランは閉店しています、金曜日の夜から土曜日の夜にかけては。ホテルはどうするんだ? ホテルは365日の営業だから。それも細かい議論があって、労働契約を安息日以外に結んでいれば、敢えて安息日だけを働かせるという雇用目的でない限りは構わないというように議論されていますが、とにかく「議論なきところにユダヤ人なし」ということでもの凄く議論好きです。このところが多分日本人とは本当に水と油だと思いますね。凄い議論好き、質問好き。それから、サイレンスというのを一番嫌います。日本では「沈黙は金」だとか言われていますが、旧約聖書の第1章第1節でこういう風に書かれている。ここが「And God said, Let there be light; and there was light.」これは天地創造のところです。宇宙というかこの世界は神によって創られた。ホーキング博士は何によって創られたかということで、ビッグバンによって創られたと言っている。我々は神が創ったと考えている。キリスト教も神が作ったと考えています。ユダヤ人は神のお言葉が創ったと我々は考えている。言葉が宇宙を創ったんです。それぐらいユダヤ人は言葉が大切なんです。ここが僕はユダヤ人と日本人の大いなる違いの根源だと思います。徹底的に言葉を大切にする。言葉こそユダヤ人を幸せにするものだし、「舌先三寸」とかいう言葉が日本ではありますね、ペラペラしゃべったり弁護士のことを「三百代言」だとか言ったり、日本では「しゃべる奴はろくな奴じゃない」という認識があるけれども、ユダヤでは「しゃべらない奴はろくなユダヤ人じゃない」というぐらい言葉は神聖なものです。それはここから来ているのです。だけれども、言葉を支配する者は実はやっぱり金儲けが出来るんです。あまりユダヤとお金のことは言いたくないけれども。というのはバベルの塔というのは皆さんご存知でしょう? バベルの塔が何故神によって壊されたかご存知ですか?

EE:それは、色々な人種で言葉が色んな言葉があって何が何だか分からなくなってコミュニケーションが出来なくなって、それで壊された。

石角:逆なんです。バベルの塔の時にはバビロニアで単一言語で世界が話されていた。言語は単一だった、旧約聖書によると。それで単一言語だから人間が調子に乗ってどんどん繁栄して高層ビルを作り出した訳です。高層ビルの設計は単一言語だから出来た。つまり労働者も設計者もビルを作ることにファンドを提供する者も皆同じ言語でしゃべっていたから、神のいらっしゃる天国まで届くような高層ビルを作ろうという繁栄が出来た。それを見て神は「俺が創った人間がちょっとやりすぎじゃないか。」ということでバベルの塔を壊して、それで言語をバラバラにした。簡単に人間相互が話を出来ないようにしてしまおうと、旧約聖書では書かれています。ここの箇所を僕らユダヤ人は徹底的に勉強しています。それでどう思ったか? 言語を統一すればお金が儲かる、言語を統一すれば繁栄する。それは逆説的にそうでしょう。だから今はやはり言語を統一しているところが繁栄しているじゃないですか。大英帝国しかり、今のアメリカしかり、マイクロソフトもそうですね。コンピューター言語という一つの統一された言語であれだけビル・ゲイツ帝国が出来た訳だし。だから言語というのはもの凄く重要なものです。そういうことも教えられるのです、このヘブライ聖書を読むと。ユダヤ人というのはとにかく自己管理のもの凄く厳しい人々です。とにかく1日3回シナゴーグに来るし、どんな年寄りになってもシナゴーグに来ています。日本では高齢者と言われて65歳を過ぎると高齢者でしょう、75歳を過ぎると後期高齢者。ユダヤではそういう言い方をしない。ユダヤ人は単にユダヤ人で、年をとろうが赤ん坊であろうがユダヤ人。シナゴーグに来れば必ずシナゴーグでの役割はどんなにヨボヨボの人でも役割を押し付けられています。車椅子でも勉強会に参加して来ています。そういうコミュニティーなんです。マーク・トウィエンがこう書いています。「あらゆる者が死を免れることは出来ないが、しかしユダヤ人だけは例外である。あらゆる勢力は消えて行ったがユダヤ人だけは生き残った。」これが多分西洋人のユダヤ人に対する見方で、多分そうだと思います。これはユダヤ主義というものが生き残ったということを言っているんです。ここまでで何かご質問がありますか?

FF:言語を統一するという意味ですと、ユダヤ人はヘブライ語を書籍を読むとか、会話をするとか、聖書を勉強するとか、皆さんはヘブライ語で世界中会話するんですか?

石角:そうですね、フランス語しか出来ないユダヤ人とアラビア語しか出来ないユダヤ人とはヘブライ語で会話していますね。それからロシアに居たユダヤ人というのはロシア語しかほとんど出来ない。第二次世界大戦の直前に大量のユダヤ人がロシアからイスラエルに来ています。彼らはロシア語しか出来ない。そこでイスラエルでヘブライ語を教えて、アメリカから来たユダヤ人とロシアから来たユダヤ人とが初めて会話できるようになった。話は脱線しますが、佐藤優(スグル)ってご存知ですか? 外務省のロシア情報分析官をしていて逮捕された。あの人が逮捕されるキッカケになったのがイスラエルなんです。国の金を使ってロシア情報を分析するために何何大学の教授達をイスラエルに出張させたんです。イスラエルで会議を開く、ということで公費を使ったということで公金流用で逮捕されているでしょう。けれども、ロシア情報について最も情報を入手し易いのはイスラエルです。それはロシアからイスラエルに来た何十万人というロシア系ユダヤ人達がもたらす情報には非常に貴重なものがあったからです。だから佐藤優がやったことは正しいことなんです、情報分析という観点から言えば。検察の観点から言えば逮捕の口実には十分なり得る。

FF:先生は政府の内部には関与されてはいない?

石角。いません。

FF:私は一言も発するべき立場ではないけれども、先生には愛情を感じるから、あれは中野学校の末次さんが・・・を作り、そして官房長官・・・・元来であれば・・・・・ああいう問題ではない。先生のおっしゃる通りでありますが、まだ軍事面に於いてはイスラエルは、彼らが持つ中距離核弾頭に・・・・モスクワにあたって、それでユダヤ人の祝福が・・・・・・・なったということをお教えしておこうと思います。恐らく皆さんご存じないと思いますので。お教えすることはまだありますが、時効が過ぎているが、私はここでは一切発言しない。だから先生のお持ちになっている旧約聖書を見て、そのことが神に対して許されることと思ってお話したのです。そのことを忘れないで下さい。

石角:有難うございます。

FF:講演料は安い。だから十分・・・・

石角:じゃあ、またいずれ日を改めて先生のお話を聞かせて下さい。

FF:・・・・・末次先生は陸軍の中でも、もう亡くなられましたが、私とは仇敵の間柄です。親交はありますので。

AA:そうすると、ここで言う1500万人のユダヤ人というのが今おっしゃったような生活をきちんとしているということなんですか?

石角:いやいや、とんでもない。違います。恐らく10人に1人もやっていない。豚肉を食べているユダヤ人もいるし、海老をバカバカ食べているユダヤ人もいるし。

AA:私の知っているユダヤ人もほとんど違いますね。(笑い)

石角:もの凄く良い質問。だからユダヤ人というのは一人一人自己で定義している民族なんです。それぐらい違うんです。

AA:そうすると、あなたはどっちなんですか?

石角:あなたは一番厳格なユダヤ人に属する。というのは、僕は改宗したでしょう。改宗者というのはユダヤ人の鑑でなければならない、と言われているんです。というのは元々ユダヤ人というのは改宗者から始まっている訳ですから、アブラハムという。アブラハムというのは元々異教徒だったのです、それが改宗してユダヤ人第1号になった訳です。ユダヤで一番有名なダビデ王という者も改宗者の子孫なのです。改宗者というのはユダヤの鑑で、節目節目で何百年かに一人の割合ですごい改宗者が現れて、それでユダヤ教を再復興させているのです。だから僕もそのうちの一人かも知れない。(笑い)

GG:改宗されたと言われましたが、何から改宗されたのですか? 何故改宗されたのですか?

石角:何からというのがなくても改宗なんです。僕は日本教とか仏教とか神道とかいう、皆さんもそうでしょう。仏教徒ですか? 多分、それじゃ何で元旦に・・・・・・

GG:入信という言葉を使うことがあるけれども、ユダヤでは改宗・・・

石角:Conversion、改宗です。日本人というのは何教かと聞かれると、12月24日から1月3日ぐらいまでは混合教じゃないですか。そういう人達というのはちょっと僕の目から見ると、僕も改宗前はそうだったからあれだけれども、ちょっと理解に苦しむ。多分イスラムも理解に苦しむだろうし、カトリックも苦しむだろうし、プロテスタントも苦しむし、お隣の韓国でもちょっと分からない、混合教というのは。

GG:それは一神教と我々のいう多神教の違い、万の神、全てが神様という考え方との違いですね。

石角:そうなんです、ユダヤ教というのは一神教なんです。今一神教と多神教の話が出ましたが、あと何分ぐらいですか?(まだ大丈夫です。)ユダヤのお祈りの中で最も神聖な祈りというのがあります。それはシェマ・イズラエルの祈りというものですが、ここに祈祷集があります。アミダの祈りとシェマ・イズラエルの祈りというのが最も神聖な祈りです。シナゴーグに日本人の方は入ったことはないだろうし、こういう姿を見たこともないだろうし、我々ユダヤ人がシナゴーグの中でこういう格好をしてお祈りをしています。本当は見世物ではないので、また、この時間帯でやるべき姿でもないのですが、今日は特別に。

これはキッパと言われているユダヤ教徒の頭被りですが、これにも謂れがあります。これはタリートというものですが、これは全部旧約聖書にこういうものを付けなさいという謂れが書かれています。この中に旧約聖書の一節が書かれて入っているのです。我々は朝7時にシナゴーグに駆けつけて、三々五々これを、テフェリンを腕に装着し、それから祈りが始まるのです。この巻き方は、アシュケナージとスファルジーという大きなユダヤ人の二つの流れがありますが、巻き方はちょっと違います。でもいずれにしても共通しているのは、ここの二の腕に7回巻くということが旧約聖書、旧約聖書とは言いたくないですね、ヘブライ聖書で書かれている。それで中指に3回巻きつける。ここにヘブライ文字の「シン」の文字を作って、これは左手にこういう風にやる。何故左手にやるのか? 我々ユダヤ人にとっては左手は正義、法を表わす、神の法を表わすのです。右手が神の慈悲を表わすのです。情けです、日本的に言うと。法が慈悲を優ってはならない、と我々は考えているので、常に法を表わす左手については不自由にしている。山伏の姿と非常に似ているので、ユダヤ教が日本に渡ったのではないかという日ユダヤ同祖論の根拠にもなっているのです。これがタリートと言われている祈りのショールです。これがユダヤ人の一番正式な姿です。だから皆さんはユダヤ人とのお付き合いとか仕事上あるかも知れませんが、この姿を見ることはないです。これはシナゴーグでしかやらないし、しかも朝しかやらない。

我々の祈りの中で最も神聖なシェマ・イズラエルという祈りですが、これがユダヤ教の教えを表わしている。この祈りの時には我々は眼を閉じて祈らなければいけない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
これはどういうことを言っているか? 神は唯お一人である。神は我々の神である。Lord is one。これが世界の一神教の始まりとなった祈りなのです。これからイスラムが始まり、イエス・キリストのキリスト教が始まったのです。それがまた続きます。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
このくだりは神を崇めたてる時に、本当に心の底から崇めたてなければいけないというくだりです。それから先もうちょっと歌いますが、ユダヤ教の最もユダヤ教らしいところです。それは他の宗教には見られない。それは何か?
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
これはどういうことを言っているか? 英語ではこういう翻訳が与えられています。「You shall teach them diligently to your children speaking of them when you are at home, when you are away, when you lay down at night and you rise up in the morning.」つまり、ユダヤ教の教えを子供達に徹底的に教えろということがここで言われている。だから我々に一番重要なことは自分がユダヤ教を勉強するだけではなくて、子供達に徹底的に教えなければいけない。そのために日曜学校があるし、家庭教育があるし、野球観戦をしないでとにかく安息日には子供達に徹底的にユダヤ教を教える。

(サンライズ・サンセットのYou Tubeを見せる)
この有名なミュージカルのサンライズ・サンセットは寝ても覚めても子供に勉強をさせることから来ているのです。

他民族とお酒を酌み交わすこともないし。そういう時間があれば子供達にユダヤ教の勉強を。ユダヤ教というのは道徳律なのです、それを教えなければならない。さらに徹底している。「You shall bind as sign upon your arm.」ここにユダヤの教えが入っている。こうしなければいけない。「And they shall be reminder above your eyes.」ユダヤの教えを常に思い起こすために頭にこれを付けていなければいけない。「You shall inscribe them on the door post of your home and your gates」これが十戒の映画を思い出してもらえば分かるけれども、ユダヤ人の家庭だけは神が訪れることなく、その初子が殺されることがなかった。それはドアポストに羊の血を塗りつけた。それと同じように我々はドアポスト、いわゆる玄関にトーラの巻物が入ったお守りみたいなもの、細長いものをある一定の角度をもって付けなければいけない、と書かれている。我々はドアに付けるだけではなく、家庭の中のあらゆるドアにも付けます、トイレ以外は。それで毎日そこを通る時に神の教えを反復しなければいけない。こういう宗教なのです。こういう宗教というのは、僕は恐らく、イスラムもここまで徹底しているのかどうかは知らないけれども、カソリックもそれほどでもないし仏教もそういうことはないと思う、絶対に子供に引き継がなければいけない。それはこういう偉大な思想家を生んだ一つの原因でもあるし、こういう偉大な事業家を生んで来た、ほとんどのアメリカの偉大な事業家はユダヤ人です、理由でもあるし。

ユダヤ教とは何だろう。どんな宗教か? 80歳をとっくに過ぎたと見られる日本人のお婆さんが「ユダヤ教ってどんな宗教や?」と聞いて来た。そのお婆さんは「お不動さん」と「弁天さん」の熱烈な信者で、しかも真言宗の教徒でもある。典型的な日本人の神仏同時信仰者である。この私とそのお婆さんとのやり取りはユダヤ教を一言で説明するのに面白いので再現してみよう。

「ユダヤ教は誰を拝むのや? キリストはんか?」
「キリストを拝むのはキリスト教やないか。ユダヤ教とは違うよ。」
「ほな、ユダヤ教は何を拝むのや。」
「何も拝まんよ。」
「仏さんのお姿みたいなものはいないんか?」
「何もないよ。」

我々にはお姿は一切ありません。何もない。ここが他の宗教とちょっと違います。仏教は仏像があるし、阿弥陀仏という仏像の形をとっているし、キリスト教はイエス・キリストの十字架をやはり信仰の対象にしている訳です。プロテスタントはちょっと違うかも知れないけれども、少なくともカソリックはそうです。我々は何もない。絶対的な抽象の存在なんです、我々の神は。だからユダヤ人というのはもの凄く勉強するのです。勉強しなければ分からないから。絶対空の存在だし、もしユダヤの神を何らかの形で表現すると否定的表現しかないと言われている。姿がない、色がない、形がない、肌に触れることがない、味がない、要するに、ないないずくしで行くとユダヤの神を定義出来る。

「へぇ〜。変わってんな。ほな、あんた、毎週土曜日に行って何してんの?」
「本をみんなで読んでるんや。講義もある。」
「へぇ〜。勉強しに行ってんのか。」

勉強はもの凄く重要な宗教行為です。だから週に2回水曜日の夜と金曜日の夜は1時間半ぐらい勉強会があります。それには熱心なユダヤ教徒がかなり来ています。

「勉強だけしてればええんか?」
「いや。食べてはいけないものを食べないこと。週1回は仕事をしないこと。それぐらいやな。」
「え〜。変わってんな。それ宗教とちゃうな。」

多分日本人はそういう感じだと思いますね。念仏を唱える訳でもないし、こういうお経はありますけれども。実は、勉強することと食事戒律を守ること、安息日を守ること、それがユダヤ教なのです。これは全て子供の健全な成長に向けられている。だから、僕はユダヤ教というのは「子育て教」だと思います。食べてはいけないものはやっぱり「体」に悪いものだし。食育、体育、そして一番健全な「魂」の健やかな成長のために、安息日は休んで子供たちと一緒に聖書の勉強をする。

GG:その聖書は日本語でやっているんですか? 日本では?

石角:英語です。英語でやっています。

GG:しかし日本にはシナゴーグはあるんでしょう。そこでは日本のキリスト教はみんな日本語でやっていますね。しかし、ユダヤ教は英語でやっている。

石角:英語でやっています。

CC:じゃあ、ほとんどの人は分からないんじゃないですか?

石角:分からないですね。だから行ってもよく分からないし、疎外感はあるし。そこがユダヤ教のちょっと問題点かも知れないですね。なんで土着の言語でやらないのか、と。

AA:日本人でユダヤ教信者というのは何人ぐらいおられるんですか?

石角:僕みたいな日本の顔をした人でユダヤ教徒? 

AA:改宗された。

石角:男性は僕一人じゃないかと思いますね。女性は結構いますよ。

AA:男性は一人?

石角:いや、僕が知る限りは多分。イスラエルか何かで日本人でユダヤ教に改宗した人が何人かはいらっしゃるかも知れない。だって、まず割礼手術って聞いただけで「何でそこまで?」という感じがあるんじゃないですか。

DD:根本的な話なんですが、石角さんは何故ユダヤ教に改宗されてユダヤ人になられたんですか?

石角:もうずばり来る質問ですね。(笑い)

DD:こういう言い方は失礼ですけど、栄華到達は当然お持ちであり、キャリアを背景にして首席で京大を出られて弁護士の試験も早いうちに合格されて、何不自由もないというところがおありで、ホームページもずい分見させていただいたんですが、改宗する前の日には海老とかカニとかタコとかをたらふく食べまくったと書いている。そういう俗世の部分もご自身で感じていらっしゃって、こういう厳しい戒律の中で「私はユダヤ人になるんだ」と思わせしめたものは、一体何だったのですか?

石角:幾つか理由がありますけれども、一つは弁護士として一緒に仕事をしていた連中が全員ユダヤ人だった。それから、教育コンサルタントの仕事を僕はやっています。日本の親御さんの子供をアメリカのエリート教育の学校にお入れする仕事をやっているんですが、ユダヤ人が多く行く学校がTop School、上から50位ぐらいまで全部そうだ。3番目はニューヨークで病気になった時に命を救ってくれた医者がユダヤ人だった。それがキッカケなんです。それで永続したのはラバイとの勉強がメチャメチャ面白かった。僕は弁護士だから理屈でないと分からないんです。それがもの凄く面白かった。こういう話があるんですよ。ラバイとの問答で、「ある貧しい大学生がたまたま通りかかったら人の家のドアに鍵がかかっていなかった。それでひょっと魔がさしてそこの自転車を借用した。それでお巡りさんに捕まってしまった。さて、神の目から見て誰が罪人か?」という議論なんか、メチャメチャ面白かった。僕が弁護士として刑法の目から見ればそれは盗んだ奴が悪い。窃盗です。十戒に「汝、盗むなかれ」と書いてあるから、もう答えは盗人に罪あり。ラバイの答えは「No」なのです。「そいつは悪くない。それは鍵をかけてなかった奴の方が悪い。」つまり、ユダヤ教では人をその気にさせるような不用意なことはしてはいけない。自分ちに外出する時は鍵をかけておかなければいけないのが社会的責務だ。それをしていなかった為に、たまたま通りかかった、まだ善悪の判断のつかないような高校生が自転車を借用して、それが為にその高校生は逮捕されるという前歴がついて、それから道を誤まるかも知れないじゃないかという議論も面白かったし、それから宇宙創造が神によって為されたということとホーキング博士のビッグバンのセオリー、完全に矛盾しないという説明ももの凄く面白かった。つまり、我々のヘブライ聖書では6日間で創られた。ホーキングは150億年じゃないですか。僕はラバイと議論したんです。「6日間というのは嘘だ。150億年というのが現代物理学では正しいじゃないか。」ラバイが言うには「いや、1日の光の進む速度が違うんだ。」と。「12世紀のユダヤの学者の記述の中には『神の御目には数千年たりと言えども一夜にしか過ぎない。』と書かれているから、それは光の速度が違うんだ。アインシュタインの相対性理論では光の速度が違っていて当たり前だ。」そういう説明も面白かったし。もう一つ面白かったのは、「ユダヤ教では自白ほど信用出来ない証拠はない。」これもメチャメチャ面白かった。日本の検事さんは「自白は証拠の王様だ」と言っている訳です。僕も研修所でそう教えられた。自白調書があれば裁判官というのは100%それを認めるべきだ。何故か?「人間は罪を認める時には本当に悪かったと思って罪を認めて告白するんだから、それは真実だ。」という訳です。ユダヤ教では違うのです。「人は拷問か利益誘導でない限り罪を認めることはない」、と言うんです。すごく人間の人間を現実を直視しているんです、ユダヤ教は。面白かった。だから5年ぐらい続いたのです。

DD:そこのところを非常にこだわってしまうのですが、ラバイにそもそも会いにいかれるという動機自体が、済みません、我々の感覚からすると、3回も行ってそういうことを5年も続けられるということは強烈な動機がおありだったのではないかという風に思うのです。お話はいちいちもっともなんですけど。

石角:やっぱり門前払いをされたというのが動機ですね。恥かしかったわけです。「ラバイに会ったらいいだろう。」と言われたんです、Jewish Centerの守衛に。次に行った時に「ミスター・ラバイに会わせてくれ。」と言ったんです。「お前、アホか。ラバイというのは役職の肩書き、名前じゃないんだ。」と。それぐらいユダヤ教のことは何も知らなかった。だから無知こそ全ての始まりですよ。

AA:イスラム教にはコーランという聖書みたいなのがありますね。それに該当するものがそれですか。同じようなものですか、中に書いてあるのは?

石角:かなり違いますね。僕はコーランの勉強をしたことはないけれども。

AA:でも元々は全部はキリスト教から。ずーっと元を辿るとそこから始まる。

石角:ユダヤ教が一番根幹にあって、イエス・キリストがユダヤ教の分派として生まれて、ムハンマドはその後ですね。全てユダヤ教が始まり。

HH:先生、ちょっと口を挟んでいいですか。カトリックは40年前まで私の子供の頃、学生の頃まではラテン語でミサを行なって、だから世界中どこに行こうが、・・の先に行こうが、インドに行こうが、我々は全てそのミサに参加できる。ところが今・・のあれで変えてしまってバラバラになっている。その考えというのはバチカンの意図と・・・・先ほどのバベルの塔の話に一致するものがある。それは先生は頭が良いから、・・・・・をお考え下さい。皆様は進め方が分からないと思うから、私がお話をする、私の発言を許して下さい。それだけです。

AA:そろそろ時間がなくなってしまったんです、その割礼の話をちょっと教えて下さい。

石角:割礼をしない限りはユダヤ教徒には改宗できません。

AA:それはユダヤ教じゃなくてもイスラムでも皆そうでしょう。あれは子供の時にやるものじゃないですか?

石角:そうです。生後8日目にやるんですよ、ユダヤ教は。でも大人で改宗する限りはその時に割礼を受けなければいけない。実は僕はちょこっと切ればいいものだと思っていたんですよ。いやいや、とんでもない。本の中にも書きましたが、1時間ぐらいの大手術です。完璧にあれを取ってしまうんですから。その後が大変だったですよ、トイレにも行けないし、血はにじみ出てくるし、包帯でグルグル巻きになっているし。だから成人になってからの割礼というのはちょっと大変ですね。だから皆が改宗を思い留まるのは、ユダヤ教義には感動してもそういう儀式を通過出来ない面があると思います。もう一つ大変なのは火葬されてはいけないので、ヘブライ聖書に「From dust to dust」と書かれているからあり得ない。土葬でなくてはいけない。土葬を受け入れるという誓約書を出さされましたね。

AA:それは日本では出来るんですか? 法律的に?

石角:いや、僕の遺体はアメリカに運ぶつもりです。ユダヤ人墓地というのが長崎と横浜にあることはあるけれども満杯だから、新たに横たわるスペースがないんです。でも遺体を運ぶのは僕の子供達だからやってくれるかどうか分からないですけどね。面倒くさいから火葬にするかも知れない。

GG:さきほどユダヤ人には、例えばアインシュタインを始めとする非常に優秀な人達がいますね。例えば、最近イスラエルも非常にIT技術が発達して、そういう発明、発見がどんどん出ていると思います。いわゆるそういうことと、宗教を迷信と言っては怒られるかも知れないけれども、観念的なそういうものと頭の良いユダヤ人が色々やっていくとどこかで矛盾というのは感じないんですかね?

石角:いや、頭の良いユダヤ人というのは居ないと思います。ユダヤ人が人種的に頭が良いわけではなくて、やっぱりユダヤ教がユダヤ人を頭の良い民族にしたというのが事実だと思います。とにかくラバイに「ユダヤ教のエッセンスを一言で教えてくれ」と言ったら何と言ったと思いますか?「Questioningだ」と。神の存在すら疑わなくてはならない。そこが仏教とかヒンズーとかと根本的に違うところですね。神の存在を否定するのがユダヤ人じゃない、しかし盲目的に存在を信じて疑わないのもユダヤ人ではない。我々は神の存在を疑問を持ちつつQuestioningし続ける一生を送らなければいけない、と言われている。だから頭が良くなるのは当たり前だと思いました。そういう根源的なことを常に考えるわけだから、絶対抽象の存在を追い求めれば人間は頭が良くなりますよ。

GG:僕の質問は、そういう宗教的なというか、そういうことと、何と言うかITを初めとした物理的な発展とどこかで研究している人が何か矛盾を感じておかしいという風に思わないかということです。

石角:思わないかも知れませんね。それは安息日があるからじゃないですかね。

GG:安息日にしても先生のやられた儀式にしても、何か、別にそれをどう言っている訳でもないのですが、だけど、そういうような儀式を始めとした迷信的と言うと怒られてしまうけれども、そういうことと、技術進歩だとかそういうことに貢献している人の考えていくと、どこかで矛盾を感じないかなと。

石角:すごくいいコメントで、6日間というのは神が我々に与えられた使命の中で恐らくやってはいけないことをやっているんだと思います。つまり、自然に手を加える行為じゃないですか。6日間、つまり我々の一週間のうちの安息日以外は。パソコンをやり、自然を破壊し、石油を掘り、工業を起こし、何かをやっている訳です。それは決して望まれていることではないし、やはり安息日があるからこそ矛盾しないのだと思います。その日一日だけは最も神の望まれる1日なのです。IT技術者でユダヤ人は沢山いると思いますけれども、恐らくそういう風に考えていると思います。一日で贖罪している。

GG:贖罪?

石角:贖罪という言葉が今私の口から出ましたが、我々の贖罪というのは、ヨム・キプールの大贖罪が年に1回あります。もう一つはテシュバの贖罪というのがあります。例えば、僕が人を殴ったとします。謝罪して損害賠償する。これはテシュバです。このテシュバの贖罪というのは毎日のように行なわれなければならない。我々は、ユダヤ人のあるべき道というのは一直線で、神のいらっしゃる方向に真っ直ぐ向かって行かなければいけないんだけれども、人間は善悪の判断が時々ぶれますから。自由意志を与えられたから、時々ぶれるので、多分皆さん方もそれぞれちょこっとしたぐらいの悪いことをした経験はあるかも知れない。僕だって色々ある訳です。直線からずれるんです。このズレを戻すのがテシュバの行為で、日常的にズレを戻していかなければいけない。もう一つはヨム・キプールの贖罪があって、年に一度は大贖罪。その日は前後上下のダッチロールを戻して行かなければいかない。初めて神のいらっしゃる方向に自分達を導いて行く道が出来るわけです。スケープゴートという言葉がありますね。スケープゴートという言葉を我々日本人は日常的に使っているけれども、あれはヨム・キプールから来ているんです。大贖罪日から来ている。ヤギに罪を負わせて砂漠に追いやった訳です。それがヨム・キプールの贖罪。全部の罪を背負わせて。面白い話があります。ある年砂漠に追いやったヤギがどういうわけか戻って来たのです、ユダヤ人の町に。それでパニックになった、ユダヤ人が。「えらいことだ。あの罪を全部背負わせて砂漠に追いやったヤギが戻って来た。これは神がきっと罪をお許しにならなかった兆候に違いない。これから大災害が起きるのではないか。」とパニックになって、その翌年からはヤギを断崖絶壁に連れて行って、そこから突き落とした。それがスケープゴートという言葉の始まりです。そういう生贄の儀式を古代ユダヤではやっていた。今はやらない。

DD:ユダヤ人というと、お金儲けとか金という言葉が、ユダヤ人には必ず出て来る。だけど今そこのパネルには事業家ということは出て来たけれども、金持ちとか、そういうことは出て来なかった。けれど我々は、改宗した実業家がユダヤ人になって、たまたま事業家だったからお金を持っているのか、それともユダヤ人だからお金儲けが出来て、いわゆるDNA、つまりユダヤ人の息子とか子孫が事業家になったのか。そこら辺、お金とユダヤ人、あるいはその辺の関係はどういう風に理解したら良いのか?

石角:僕の「お金とユダヤ人」の本の中に色々書いていますが、こういう質問、今と似たような質問をされる方が別の講演で居ました。「そんなにシナゴーグに通い詰めの毎日を送れるのはユダヤ人が金持ちで金利生活をしているからじゃないかと。貧乏人の我々はそんなことはやっておれません。金持ちの贅沢じゃないか。」という質問があったのです。僕が見る限り、あまり金持ちのユダヤ人は居ませんね。医者とか弁護士とか大学教授とかそういう人は多いですけれども。Investment Bankerとかゴールドマン・サックスだとかリーマンがユダヤ系だとか言われていますけれども、あそこで実際にプログラムを作ったり、先物取引をしたりしているトレーダーの人でユダヤ系というのはそんなに居ないです。非ユダヤ人の方がむしろ多い。それからメジャーのハリウッドの映画会社も全部ユダヤ系だとか、メイシーズとかアメリカの百貨店も全部ユダヤ系だ、クリスチャン・ディオールとかカルティエも全部ユダヤ系だと言われていますけれども、確かにそうです。でも実際に働いて色々と世界戦略を練っている方々はユダヤ人ではないです。

AA:でも我々の理解ではトップはユダヤ人だ。

石角:創始者はね。それはインテルもそうです。確かにユダヤ人です。マイクロ・ソフトもビル・ゲイツともう一人のユダヤ人のポール・バルマンだったかな、二人が始めた。創始者、それは確かにユダヤ人です。でも金に汚いとか何かというのは「ベニスの商人」のあれの影響じゃないかと思いますね。シェイクスピアの罪は重いと思います、僕は。

AA:金に汚いとは思わないけれども、金はやっぱり非常に金科玉条みたいな感じで。どこか生活の中にそういう物質的な象徴的なものを尊ぶような思想があるんじゃないですか?

石角:そうなんです。おっしゃる通りなんです。ユダヤ哲学というのはプラトー哲学と全く逆なんです。プラトー哲学というのは具体性から入って抽象性に上がって行く哲学ですね、西洋の哲学は全部そうです。ユダヤ哲学というのはオリエント哲学で、抽象から入って具体的なものに引き落として行くんです。旧約聖書の書き方はみなそうです。天地創造という抽象的なものがあって、アブラハムという具体的な人間に入ってきて、それで日々の戒律で「ああいうことをしろ、こういうことをしろ。」という具体的なこと。逆です。だから多分具体的なことを非常に重視する宗教であるが故にお金が貯まっていくのかも知れない。

FF:先生、タブーなQuestioningかも知れません。ユダヤとは直接関係ないのですが、お名前にすごく関心があったんです。私のような若輩者でも、これは石原莞爾に似して命名されたんじゃないか、と。質問が2点あって、お父様がどういう思いを込めて命名されたのか。2点目は、石原莞爾から何か影響を受けたとすればどういうこと?

石角:父が命名したのは石原莞爾にちなんで命名した。

FF:戦後生まれなんですが、どういった思いを込めて命名したんですか?

石角:父が命名したのはやっぱり太平洋戦争に対して反対だったんじゃないですかね、多分。そういう話は聞いたことはなかったですけど。先ほどもちょっと話していましたが、石原莞爾が陸軍から追放されて立命館の教授をしていた時期があるんです。その時にうちの父親が大学生だったんです。だから多分影響を受けたと思いますね。この最後の晩餐の絵を見て何かご質問ありますか? 不思議だと思う点があれば皆さんもユダヤ人です。これは僕もラバイから言われて「お前不思議だと思わないのか。駄目だ。あと一年勉強しろ。」と言われた。

AA:これは全員ユダヤ人ですか?

石角:全員ユダヤ人です。真ん中にいる人もユダヤ人です。不思議だと思う場面があるんです。

AA:ちょっと電気を消した方がいいですか?

石角:消して下さい。この絵でもいいし、もう一つ次のダヴィンチの絵でもいいんですが、不思議なんです、これ。最後の晩餐と言っているのにテーブルの上に食事が出ていない。皿だけなんです。えらい不思議なんですよ。だけど、これがユダヤ教徒の食事なんです。

CC:食べ終わったんじゃないですか。

石角:違う、食事の前です、食事の途中です。これは実はパス・オーバー、ペサハという過ぎ越し祭の祭りの食事なんです。だから贅沢なものが出ていない。食事が出ていない。僕の息子をペサハの祭りに連れて行ったら、「ユダヤ人はこんな貧しいものを食べているのか。僕もう絶対に改宗しない。」と言われて。(笑い)

HH:お酒は飲むんですか?

石角:葡萄酒は飲みますね。パンも何かクラッカーみたいなパンがペラーッと出るだけ。これはエジプトからモーゼに連れられて、バーッと紅海が割れて脱出できたその記念のお祭りなんですが、その時に我々はえらい苦労をしたんです。着の身着のまま。それを思い出す為に贅沢な食事はこの日はしない。

それと、これは「ミレーの落穂拾い」です。これも「お前、不思議と思わなければ改宗を認めない」と言われた絵なんです。パッとこれを示されて「お前、不思議と思わないか。」日本人だったらなかなか不思議だと思わない。「落穂拾いをしているなら、なんで3人しか居ないんだ?」それが不思議なんです。落穂拾いというのは麦畑で残っている落穂を拾って貧しい者達が食を食いつないだ訳ですね。「なんで3人だけなんだ。ミレーは何故3人しか描かなかったんだ?」というのがラバイの質問です。これは旧約聖書に起源があって、ミレーもその旧約聖書の場面を描いている訳です。真ん中に居るのがルツという女で、これがダビデ王のひいお婆さん。ルツというのはナオミというユダヤ人に付いて来たのです。ナオミが姑、自分の夫のお母さん、夫も亡くなり、子供も亡くなったけれどもナオミに付いてきて、ルツという異教徒がユダヤ教に改宗します、という場面なんです。だから3人しか描かれていない。もう一人はその地方の娘ですが。「刈り入れ人達の休息」これにはこれだけの沢山の人が描かれているけれども、あの落穂拾いは3人。こういう風に書かれている。

欧州の麦畑は同じミレーの『種まく人』にみるように畑に種をばら撒き、育った株を柄の長い鎌で立ったまま薙ぐように刈り倒す。これをフォークで集めて脱穀するのだが、当然のことながら集めきれなかった落穂が多数地面に残される。当時、旧約聖書の『レビ記』に定められた律法に従い、麦の落穂拾いは、農村社会において自らの労働で十分な収穫を得ることのできない寡婦や貧農などが命をつなぐための権利として認められた慣行で、畑の持ち主が落穂を残さず回収することは戒められていた。落穂拾いの光景はミレーの故郷で土地の痩せた北ノルマンディー地方では見られず、肥沃なシャイイ地方に移住した後に体験した感銘を描いたものであると考えられている。また、同時期には同じく旧約聖書『ルツ記』の一場面に由来する『刈り入れ人たちの休息(ルツとボアズ)』を手がけており、農村社会での助け合いを描いている。」

こういうことです。ミレーのこういう絵を見て旧約聖書のどこから来ているのかが分かるようになるようにとラバイから散々嫌味を言われて教育されたんです。そういう課程だったのです、改宗の課程とは。そこで我々ユダヤ人が最も重視するのがツェダカという思想なんです。ツェダカとは落穂拾いの絵そのものです。全部刈り取ってはいけない。根こそぎやってはいけない、ということです。だからリーマンは戒められるべきだった。そうではなくて、やはり少しは残さなくてはいけない。ユダヤではその少しという割合が自分のNet Incomeの10%と言われている。Gross Incomeではない。After Taxの10%を社会に還元しなけばいけない。ツェダカをやっていない人は大贖罪日で絶対に救われること、罪を贖われることはない。だからユダヤ人には面白いことがあって、ヨム・キプールの日には本当に寄付します。お金を持って来て貧しい人にどんどん寄付するんです。こういう風に色々なことを言われていますけれども、ヘブライ聖書というか旧約聖書の思想は、このミレーの落穂拾いの思想です。少しは残しておかなければ駄目、根こそぎは駄目だよ。「ユダヤ人と付き合ったらケツの毛まで毟られる」とかよく言われますけれども、それはかなり偏見と差別に満ちた言葉だと思いますね。そんなことは中に入ってみて、ないと僕は確信しています。

これはユダヤの結婚式ですが、実に簡略なものです。先ほどお見せしたタリートをパッと棒4つで広げて、その下で結婚式をするのです。実に簡略なものです。ラバイに払うお金、僕の娘もこのやり方で結婚したけれども、6万円払っただけです。だから豪華な披露宴とかをやる人達も居ますけれども、こういう簡単なやり方で終わる。

AA:娘さんがよく承諾してくれましたね?

石角:いや、これがね、娘が結婚式の始まる前にラバイに向かって「ちょっと待ってくれ」と言い出したんです。それで「いや、完璧なユダヤ式はやりたくない。」とラバイと交渉したんです。それでユダヤの結婚式の3条件のうち2条件はカットしたんです。3条件というのは、指輪の交換、ケトゥーバと言われている婚約証書のサイン、もう一つがグラス割りなんです。僕の娘がやったのはグラス割りだけなんです。あと2つをラバイと交渉して、それはやりたくないと言った。ユダヤのラバイの面白いところは「OK、分かった。」と。何か20分ぐらい別室で交渉していました。「OK、分かった。」と。ユダヤの結婚式ではなくて、ユダヤ式でやろうということで、グラス割りだけでうちの娘は結婚式を挙げました。グラス割りというのは、船の竣工式でシャンペン・グラスを舳先にぶつけるじゃないですか。あれの起源です。これからの航海、いいことばかりないぞ。波もあれば風もあるし、荒波で打ちひしがれることもある。それを思い知るためにグラスを割るんです、ユダヤでは。もう一つはローマ軍によって神殿が破壊された、その苦しさを思い出す為にグラスを割ると言われていますけれども、どちらかと言うと、幸せばかりが人生じゃないということを思い知る為に、縁起の悪い、日本の結婚式では縁起が悪いじゃないですか、グラスを割るというんだから。そういう人生だということを知らせる為に。

最後に、これはロサンゼルスのリトル東京にこのおっさんが建っているんです。銅像。これは誰だと思いますか? 我々ユダヤ人の救世主。杉原千畝という人です。第二次世界大戦の時にリトアニアの領事館に勤めていた領事です。この人がヒットラーに追いかけられたユダヤ人を救済するために、何とゴム印で作った通行証書をバンバンバンバン何千枚も発行したんです。

AA:6000ですよ。6000。判子を押して。

石角:それでロシアを通過して、ナホトカから舞鶴に来た。救われたユダヤ人の中にあとでアメリカで有名になったシュルツ国務長官だとか色々なユダヤ人が居るんです。だからこうやって銅像を作って、ロサンゼルスのユダヤ人達がこれを作っている。

AA:ホロコースト・ミュージアムにも何かありましたね。

石角:そうです。だからシンドラーよりも杉原さんの方がユダヤ人の感謝すべき人の名簿の中では筆頭に挙げられていますよ。

AA:リトアニアに居たんですよね。

石角:そうそう。何か色々な説があって、本省の命令に違反してということらしいけれども。

AA:奥さんはそう言っているけれども、実際外務省ではそういう命令は出さなかった。だから杉原千畝を命令違反でそれをやって、それでも最後の汽車に彼が乗るまでスタンプを押し続けたという英雄視するけれども、そうではなくて本省から何も出さなかったから命令違反ではないという意見もあるようですね。僕はこの杉原千畝のことで、石角先生にちょっと伺おうかと思ったんだけど。これを今リトアニアで神格化しないで日本とリトアニア、あるいはユダヤ人との関係をオペラを、XXXさんがやって、その作曲は新しい近代音楽家が作曲していますが、もっと新しい現代の。今アフガンで日本の行っている文民の、いわゆるアフガンの復興支援で女性が二人と男性が二人、文民協力して、それがリトアニア軍のキャンプの中に守られて学校を建てたりしている。そういうような新しいことで象徴するようなものをやりたいと思って、どうやってお金を集めたらいいか。

石角:そうなんですよね。映画を作るという話があるでしょう、杉原千畝の。来週僕のところにもファンド・レイジングの相談に来られますけれどね。シンドラーのリストが映画になるぐらいなら、なんで杉原をやらないんだ。こっちの方が沢山救っている訳です。シンドラーは自分の工場で働かせた訳でしょう。あんな。こっちは無条件で救出しているんだもの。

AA:シカゴの先物取引の・・・

石角:マーカンタイルね、あの人も杉原に救われて。

AA:名誉Chairmanがいわゆる大使が杉原千畝の何周年かでワシントンの公邸を全部解放したら、みなユダヤ系の人がずいぶん来て、色々とやった。「それも自分もその一人だ、自分も判子を受けた」と、その先物取引のChairmanが言っておられた。

石角:先物取引のChairmanは確かに杉原千畝の通行証で日本に逃れてきてアメリカに行ったんです。あれは手嶋龍三の「スギハラ・ダラー」という小説の主人公ですよ。日本人はユダヤ人に対して大恩人の一人を持っているんだということで、僕は本当に胸を張っていいんじゃないかなと思って、だから隣に座って記念写真を撮ったんですけれども。

www.kanjiishizumi.comはユダヤ教に関する日本語のWebsiteとしては最も分量が多い。内容は別としてもの凄く分量が多いです。1週間にいっぺんぐらい書き入れていますので、もう膨大な量です。2008年の4月ぐらいから書き始めたんです。

BB:我々の初等社も昔山本七平さんを呼んだんです。

石角:うーん、だいぶ前でしょう。「ユダヤ人と日本人」を書いたね。イザヤ・ベンダサンは山本七平のペンネームだから。

BB:あの人はどうなんですか、ユダヤ教じゃないんですか?

石角:ユダヤ教じゃないです。要するに、あれは日本人論をユダヤ人を引き合いに出して書いたというフィクションです。金儲けに関する本で、ユダヤ人に勉強を学べばみな金持ちになるという本が日本でいっぱい出ているけれども、(笑い)いやいや、ちょっと笑っちゃいますよね。お金儲けのことを勉強したいなら、Business Schoolに行くべきです。ただ一言だけ「ああ、そうか」と思ったことがあったのは、ユダヤ人のブルームバーグでも現在のニュースは流しているけれども、4000年にわたる人間のBehaviorの分析は出来ないでしょう。それが出来るのは我々ユダヤ人のヘブライ聖書だけだと思います。変わらないものがあるんです、人間のBehaviorには。それを早く知っておいた方が良かったなと思うことはたくさんあります。例えば、兄弟争いだとか親子争いだとかセックスの問題だとか、色々な生々しいことがヘブライ聖書に物語として書かれているけれども、ブルームバーグのニュースでは流れていません、そんなものは。でもいかにお金を儲けて、いかにITで長者になられても、そういうご不幸は皆さん、ご家庭で抱えられている方が多いんじゃないですか? そっちの不幸の方が身を苦しめます。僕は本当にそう思います。それが改宗して良かったことです。

CC:教育コンサルタントもやっておられるということで、それは・・・・・基金をご存知かどうか知りませんが。私の弟がやっているんですが、それは日本人の学生をアメリカの大学に4年間やる。あとの就職問題や何かで今年はHarvardに入った日本人のUnder graduateはたった一人。それを非常に問題にして、色々と石角さんがやられた、色々のアメリカの小さな大学・・

石角:テリー・ポルテが今一生懸命日米会議でやっている・・・

CC:それと私の質問は、申し訳ないけれども、どういう風にユダヤ教とユダヤ人とが、いわゆる、そのLiberal Artsの教育ですね、日本もやらなければいけないけれども、4年留学させるということがネックで。2年ぐらいとか1年は皆いいんだけど何か内向き志向になっていて、就職が大変だとかでなかなか行かない、ということで。アメリカの大学はもっと日本人が来てくれと。そうでなくても韓国と中国がいっぱい来て、

石角:中国大陸からもの凄く来ていますよね。Under Graduateで。

CC:それとユダヤ教、あるいは石角さんと教育コンサルタントとはどういう風に結び付くんですか?

石角:一つはUnder GraduateでHarvardに行くだけではなくてアメリカの大学に行く日本人がもの凄く少なくなっていることは本当に憂うべきことです。何とかしなければいけないと思っているんですが、どうにもならないですね、ハッキリ言って。それは本社志向が強過ぎる、日本人は。だって海外駐在をしたら出世街道から外れる訳でしょう。人事権を持った人の傍にいた方がいい訳でしょう、秘書課か何かで。僕も通産省の役人をしていたけれども大臣官房秘書課か何かにいた方が事務次官コースですよね。中米大使館とかに行ったりしたら、やっぱり外れますよ。そういうことがやっぱり大きく影響しているのではないかと思いますね。三井物産でも三菱商事でも海外駐在は今希望しないでしょう、皆さん。やっぱり本社勤務。それはトヨタなんかもまさにそうだし。だから日本人でアメリカの高校に行って、例えば現地の三菱UFJのニューヨーク支店に現地採用されたら、現地採用とワンランク下の人種になるんですよね。誰もUnder Graduateで行きたいとは思わないんじゃないですかね。そこら辺りが問題で、外資系という選択肢しかないのかなと思いますね。そういう意味でますます日本の会社が、掛け声はあるけれども、内向きですね。ユニクロの柳井さんとか日本電産の長野さんとか本当にコスモポリタンの社風の所はあるけれども、あれは変り種の企業じゃないですか。変わっている。日本工業倶楽部のメンバーになるような会社じゃない。本流じゃない。だからホンダだって、社内公用語は日本語でしょう。そんなことでいいのかなと思いますね。

僕は本当に心配しています。Wikipediaを引くと、あらゆる分野で英語で書かれている情報の方がはるかに内容があるし分量も多い。それは日本語に翻訳されていますね、Wikipedia。でも10分の1ぐらいじゃないですかね、書かれている質・量ともに。だからこれからの教育現場でWebが当然使われる訳だし、iPadで。アメリカの大学はもう全員iPadを持たせるとハッキリ言っています。Harvard Business Schoolは今年からiPadを全員に持たせて、教材は全部iPadで配ると言っています。そうなって来ると、Webで書かれている情報の多いWebsiteが中心になって行く訳だから、本当に日本の教育というのはますます混迷の度合いを深めるのではないかと思います。あんな薄っぺらい教科書でどうするんだろうという感じがします。Harvard Business Schoolのカール・ケスターという日本贔屓の教授と2ヶ月前に話しましたけれども、全部iPadでやると言っていました。今まではケースブックというのを3つ毎日配っていたんだけれども、来学期からはiPadだと言っていました、来学期から。中国贔屓でウィリアム・カービーという先生が居ます、Business Schoolに。彼が今主流になっています。それぐらい中国の影響は大きいです。Harvard Business Schoolの海外キャンピス第1号は上海でしょう。HSBCがその敷地を提供したんですが。何で三菱UFJがそういうことをやらないのかよく分からない。それと併せて東京のユダヤ人も激減して、全部上海に移って行きました。おっしゃる通り、本当に何か対策を打たないと。他に何かご質問ありますか?

GG:フリー・メイソンについてちょっと興味があって、全く何も分かっていないのですが。戦後の日本を復興させるのにフリー・メイソンが・・・そのメンバーの人達の中にユダヤ教徒の人が多いと言われていた。ユダヤ教とフリー・メイソンとはどういう風に・・・・

石角:僕は無関係だと思いますね。ユダヤ教徒の人が多いことは事実だし、フリー・メイソンで日本の中心になっているのは東大の何とかという先生でしょう。日本でも確か100名ぐらいフリー・メイソンがいるんじゃないですか。誰が会員かということは名簿が公表されている訳じゃないし、よく分からないですが。それとユダヤ教徒とは関係ないです。ユダヤ教とも関係ないです。多いことは事実ですけれども。

GG:この前新聞でちょっと見たんですが、ドイツの政府の高官が「ユダヤ人には遺伝的特色がある」ということを言って罷免されたのですが、なんでドイツの政府高官がユダヤ人というのは宗教的な要因っていうことを知らないのですか?

石角:知っていて言っているんでしょう。普通の日本人はユダヤ人は。ジョークがあります。「なんでユダヤ人の鼻は大きいか知っているか」、「空気はタダだから」というジョークがある。確かにこういう鼻の人は多いけれども。前の国務長官のヘンリー・キッシンジャーとか。エズラ・ボーゲルという「Japan as Number One」を書いたあの人もユダヤ人だけれども、息子はずい分美男子ですね。彼もユダヤ人ですね。今はバークレーの教授をやっているでしょう。

GG:ユダヤ人というのは2種類あるんですか。一つは血統的にユダヤ人の子供はユダヤ人というのと、ユダヤ教に改宗した人と。

石角:2種類。ただユダヤ人の子供はユダヤ人ということで、どこまで遡れるのかについてはよく分からないんです。僕がユダヤ人としますね、お母さんから生まれて。お母さんがユダヤ人だったということは信徒名簿があるから、シナゴーグに。お母さんのお母さんがユダヤ人だったということも信徒名簿があるけれども、第二次世界か何かでほとんどのシナゴーグが焼き尽くされていますから、ひいお婆さんがユダヤ人だったという記録はもう大体残っていないことが多いのです。だからナチスがいくらでも600万人を送ることが出来たのです。「私はユダヤ人じゃない」と言っても証拠がないし。

GG:お父さんがユダヤ人というのは関係ない?

石角:関係ないです。

GG:石角さんのお子さんは別にユダヤ人じゃなくてもいいんですね。

石角:僕の子供は僕がユダヤ教徒になる以前に生まれていますからユダヤ人じゃないです。改宗しない限りは。

GG:ユダヤ教徒になった後で生まれた子供は?

石角:ユダヤ人じゃないです。僕の家内は最初改宗を躊躇ったんです。そうしたら、ラバイに言われたんです。それじゃ僕の改宗も認めない、と。何故か? ユダヤ教徒が異教徒の女と同棲していることは認められないのです。だから妻が改宗することが条件だった。家内に「改宗してくれ、改宗してくれ」と頼みました。「そんな難しい勉強をするのは嫌だ。」「女性だから割礼手術はないから、簡単だ、簡単だ。」と言って。「まあ、いいわよ。」と言われるのに6ヶ月ぐらいかかったかな。そうしたらやっぱり儀式の現場になって「嫌だ」と言った。何故かと言うと、素っ裸になってユダヤ教徒3人の前でミクベという儀式があるんですが、全く自然の水に身体を浸けなければいけない。僕もやりましたが。もういっぺん生まれ変わる訳です。ジョージ・W・ブッシュが生まれ変わったとか言って、あれは福音派でしょう、あれも似たような儀式があるんです。やらなければいけない。「嫌だ、そんなもの。裸になるのは嫌だ。」すったもんだの挙句、「分かった。じゃあ、三浦海岸でやろう。」ということになって、ラバイが割と柔軟だったので。三浦海岸で12月の寒い時に女性のユダヤ教徒3人とラバイは後ろを向いていましたが、海に頭まで潜って二度三度と、生まれ変わりの儀式をやりました。それで家内もユダヤ教徒になって、宗教的には正しい夫婦生活にまた再出発できた訳です。改宗してくれないと異教徒の女と同棲しているということで認められない。ユダヤ教徒の女性がキリスト教徒と結婚するとか、ユダヤ教徒の男性がキリスト教徒と結婚するということがアメリカではもの凄く多くて大変なのです。ユダヤの道徳律の承継というのがだんだんと認められない、というか機会が少なくなってきているので困っているんです。

BB:ちょっと時間がオーバーしましたので、レストランの方に。申し訳ありません。食事は無理ですか、先生。

石角:食事は無理ですが付き合いますよ。

BB:どうも有難うございました。

| メディア出演・講演・掲載一覧 | 19:36 | comments(0) | trackbacks(0) |









http://www.kanjiishizumi.com/trackback/199